若鷲の歌の古関裕而の予科練の実話!映画「決戦の大空へ」の主題歌

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「若鷲の歌(わかわしのうた)」は映画『決戦の大空へ』の主題歌で、古関裕而(こせきゆうじ)さんが作曲されました。

「若鷲の歌」は別名「予科練の歌(よかれんのうた)」とも呼ばれる軍歌です。

ん?予科練って何でしょうね?なかなか聞きなれない言葉だと思います。

古関裕而さんは、NHK朝ドラ「エール(えーる)」の主人公、古山裕一(窪田正孝)のモデルです。

もうすぐ朝ドラ「エール」に「若鷲の歌」のエピソードが登場します。

そこでこの映画の主題歌である「若鷲の歌」の実話について調べてみました。

「エール」での「若鷲の歌」の原作のネタバレも一緒にご紹介しちゃいます(≧∇≦)

朝ドラ「エール」の今後のネタバレありますので、知りたくない方はご注意ください!

目次

「若鷲の歌」は古関裕而作曲の映画の主題歌?予科練とは?

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若鷲の歌の予科練とは?

「若鷲の歌」は映画「決戦の大空」の主題歌で、「決戦の大空」とのカップリングで1943年9月10日に発売されました。

福島三羽ガラスの古関裕而さん、野村俊夫さん、伊藤久男さんによる3人の曲「暁に祈る」から3年後のことです。

「予科練」は海軍飛行予科練習生のこと。将来航空特務士官になるために、教育を受ける生徒のことです。

高等小学校を卒業した、14歳から20歳までが応募できました。

若鷲の歌は古関裕而作曲の映画の主題歌?

映画「決戦の大空へ」は、この予科練の生徒を募集するために作られた映画です。

「暁に祈る」は軍馬をアピールするために作られましたね。

「若鷲の歌」の作詞は、作詞家で詩人でもある西條八十(さいじょうやそ)さん。

童謡「肩たたき」や戦後のヒット曲「青い山脈」「王将」なども手がけました。

歌は霧島昇さんと波平暁男さんです。

1番の歌詞がこちらです♪

若い血潮の 予科練の
七つボタンは 桜に錨
今日も飛ぶ飛ぶ 霞ヶ浦にゃ
でっかい希望の 雲が湧く

歌詞は4番まであり、戦意を高めるような歌詞が続きます。

映画「決戦の大空へ」は1943年9月16日に公開されました。

予科練に憧れた少年の、訓練や日常などを描いていた戦争映画です。

若い方でも名前は聞いたあることがあるかもしれないあまりにも有名な女優の原節子さんが主演です。

映画は大ヒットとなり、予科練を夢見て志願する少年が増えたそうです。

まさに狙い通りの作品となりました。

古関裕而さんが実際に映画を見に行ったとき、大勢の小学生たちが「若鷲の歌」を歌いながら出てきたのを見て驚いたとか。

それだけ少年の心を掴んだのでしょうね。

「若鷲の歌」も大ヒットとなり、レコードは23万枚以上も売れたそうです。

 

 

若鷲の歌の古関裕而の実話!予科練で2つの曲を提示?

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「若鷲の歌」は、作詞の西條八十さんと作曲の古関裕而さんが、実際に土浦海軍航空隊に1日だけ体験入隊して作りました。

最初古関裕而さんは、明るい長調の曲を作りましたが、短調のメロディを思いつき、結局2つの曲が作られます。

その二つの曲を、同行した歌手の波平暁男さんが予科練のみんなの前で歌いました。

予科練のみんなは短調の方の曲を、圧倒的多数で選んだそうです。

それで現在の短調の「若鷲の歌」になりました。

短調でありながら暗さのないこの曲は、少年たちに受け入れられ、大ヒットとなります。

 

 

若鷲の歌のネタバレは?エールでは

伊藤久男は戦争で召集令状が来た?エールの痔は実話?

以降で、若鷲の歌のエピソードの原作のネタバレをご紹介します。

だんだん戦争が庶民の生活にも大きな影を落とし始めたころ。

裕一(窪田正孝)のところに、鉄男(中村蒼)と木枯正人(野田洋次郎)がやってきました。

木枯は数々のヒット曲を出してきましたが、それらの曲は「軟弱」として、人々に受け入れられなくなってきています。

でも木枯は世の中の風潮に合わせることはできないと言い、鉄男も戦意高揚を求める詩を書くのが嫌になって、新聞記者に戻っていたのです。

「求められる音楽を、質を落とさず生みだす裕一は、大したもんだ」

そういう木枯に裕一はこう答えました。

「国のために頑張っている人を応援したいだけ」

すると木枯「利用されなきゃいいけど」と残し、帰って行きました。

戦争を鼓舞するような軍歌ばかりになった音楽。

自分の作りたいものが作られず、戦争を正当化するような音楽づくりに、鉄男も木枯も嫌気がさしていたのです。

そんな裕一のところにも、何と召集令状が!

裕一は徴兵検査で丙種でした。丙種とは身体に欠陥が多く、現役の兵士には不適とされるもの。

予想外の召集令状に音(二階堂ふみ)は取り乱し、姉で軍人の夫がいる吟(松井玲奈)に相談しました。

ですが吟からは「召集は名誉なこと」と言われてしまいます(>_<)

裕一自身も、自分が兵隊になることは想像したことがなかったので、複雑な気持ちになります。

裕一の入隊が近づいたある日。東都映画の三隅忠人(正名僕蔵)が裕一を訪ねてきました。

海軍飛行予科練習部こと、予科練の練習生をテーマにした映画「決戦の大空へ」の主題歌の依頼のためです。

ですがもうすぐ出征する裕一。受けることはできませんでした。

数日後また三隅がやってきます。

個人的なツテを頼って軍に確認したら、裕一はこれまで作曲に軍に貢献してきたので、出征しても即日免除になるとのこと。

「僕だけ特別ってことですか?」

そう聞き返した裕一に、喜びの表情はありません。

裕一は三隅とともに土浦海軍航空隊に向かいました。

西條八十が詩を書いた、映画「決戦の大空へ」の主題歌「若鷲の歌」に裕一が曲をつけ、その曲を予科練で披露するためです。

三隅は裕一の曲を絶賛しますが、裕一は何かが違うと感じていました。

裕一は入隊が即日免除となることで、国のために自分は何ができるのかを考えていて、その気持ちが「若鷲の歌」に反映されていないと思っていたのです。

訓練生たちの生活を見ていると、訓練生から「親の恩に報いるため、立派な飛行兵になりたい」という話を聞き、裕一はあっという間に曲を書き上げました。

結局2曲となった「若鷲の歌」。教官たちに聴いてもらうと最初の曲が良いということに。

すると濱名中佐(谷田歩)が、訓練生にも聞いてもらっては?と提案。

訓練生たちは、気持ちを高揚させる1曲目より、家族や故郷を思い出させる2曲目の方が良いと満場一致に。

その曲を聴いて故郷を思い出し、涙する生徒もいました。

こうして「若鷲の歌」は裕一が後から作った曲に決定。

帰り支度をする裕一のところに濱名中佐が来て、こう声をかけました。

先生の歌には、人の心を奮い立たせるものがあります。

これから命を賭して生きる若者のために、よろしくお願いします

そして敬礼をして立ち去る濱名中佐。

裕一は高揚感で満ち溢れていました。

それから4か月後。映画「決戦の大空へ」が封切となり、主題歌「若鷲の歌」とともに大ヒットとなりました。

というのがネタバレでした。

概ね実話と変わらなかったですね。

召集令状は古関裕而さんにも届いたそうです。

ところがそれはなんと人違い(^_^;)

でも取り消すことはできず、1週間で除隊となる、と言われ出征しましたが、結局1か月も入隊していたそうです。

「エール」の佐藤久志は痔が悪くて身体検査で引っかかりましたが、モデルの伊藤久男さんも、実際に痔で入院していて入隊を免れています。

軍歌を多く作曲したとはいえ、古関裕而さんは戦意を高める曲ではなく、庶民の気持ちに寄り添う楽曲を提供しています。

「若鷲の歌」物語、楽しみです!

若鷲の歌の古関裕而の予科練の実話!映画の主題歌まとめ

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「若鷲の歌」は海軍飛行予科練習生、通称予科練のPRのために作られた映画「決戦の大空」の主題歌です。

作詞は西條八十さん、作曲を古関裕而さんが手がけました。

この曲のため。おふたりは実際に海軍に1日だけの体験入隊をされています。

そこで古関裕而さんは2曲作りましたが、予科練のみなさんが選んだのは後に作られた曲。

このお話は実話もドラマも同じです。

予科練を卒業した生徒たちの、およそ8割が戦死したそうです(T_T)

このことでも戦後、胸を痛めていたという古関裕而さん。

そんな厳しい戦時がこれから「エール」で描かれていきます。

戦争を繰り返さないためにも、しっかりと見ておきたいです。

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