笠置シヅ子の娘の現在と亀井エイ子の画像は?父親は吉本興業と関係?

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朝ドラ「ブギウギ」のヒロイン・福来スズ子のモデルの笠置シヅ子さん娘の亀井エイ子さんの現在はどうしている?画像で確認できる?笠置シヅ子さんの娘の亀井エイ子さんの現在の画像や活動、父親についてご紹介。フラワー道に進み、父親は吉本興業と関係?

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目次

笠置シヅ子の娘は「亀井エイ子」!父親は吉本興業の御曹司で認知は?

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2023年10月からスタートするNHK朝ドラ・連続テレビ小説「ブギウギ(ぶぎうぎ)」は、実在の昭和の大スター歌手の笠置シヅ子(かさぎ・しづこ)さんがモデルのヒロインの花田鈴子(はなだ・すずこ)で後の歌手・福来スズ子(ふくらいすずこ)の波乱万丈な人生を描くストーリーです。

ヒロイン役を演じるのは、女優の趣里(しゅり)さん。亀井 ヱイ子(かめい・えいこ)さん。

1話の冒頭では、ヒロインの福来スズ子がシングルマザーとして、未婚の母として1人娘を抱いているシーンが。

ということは、モデルとなった笠置シヅ子の娘も、未婚の母として出産した??

今回は朝ドラ「ブギウギ」でヒロインの福来スズ子のモデルとなった実在のスター歌手・笠置シヅ子(かさぎ・しずこ)の娘は誰なのか??そして娘の出産秘話。

そして娘に起きた驚きの衝撃すぎる事件。また現在の笠置シヅ子の娘さんについてご紹介していきます。

笠置シヅ子の娘は「亀井エイ子」!シングルマザーで出産

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笠置シヅ子さんの娘は「亀井エイ子」さん。

昭和22年(1947年)の笠置シヅ子さんが33歳の時に、出産したのですが、その出産には壮絶な秘話があったんです。

なんとシングルマザーとして1人で出産した笠置シヅ子さん。

なぜシングルマザーとして亀井エイ子さんを育てることになったのでしょうか?

父親は一体誰なのでしょうか?以降で詳しくご紹介していきます。

父親は吉本興業の御曹司・吉本穎右

亀井エイ子さんの父親は、吉本穎右(よしもと・えいすけ)さん。

なんと・・・あの吉本興業の創業者の吉本泰三(吉本吉兵衛)の次男という御曹司です。

母親の吉本せいさんは、朝ドラ「わろてんか」のヒロイン・藤岡てんのモデルになった方です。

笠置シヅ子さんと吉本穎右が出会ったのは、1943年(昭和18年)。

笠置シヅ子さんは1927年の13歳の時に松竹楽劇部(現在のOSK)に研究生として入団し、少女歌劇の舞台デビュー!1934年には「恋のステップ」で歌手デビューを果たし徐々に人気を高めていきます。

また、服部良一さんと出会い、スウィング歌手として厳しいレッスンを受け、服部良一さんが作詞作曲した「ラッパと娘」で人気を獲得し、スウィングの女王と呼ばれるように。

吉本穎右さんと出会ったときは、世界第二次大戦が激しくなってきた時期で、笠置シヅ子さんの歌は「敵性音楽」と見なされ弾圧されるようになり、活躍の場がなくなり、地方巡業の日々を送っていました。

そんな中、出会った2人。吉本頴右さんは笠置シヅ子さんの大ファンだったことから知人を通じて名古屋でふたりは知り合いました。

当初は9歳年下だった吉本頴右さんのことを恋愛対象に見ていなかった笠置シヅ子さん。

しかしほどなくして2人は交際をスタート。

1945年には、笠置シヅ子さんが京都の巡業中に東京大空襲で三軒茶屋の自宅が焼失。市ヶ谷にあった吉本頴右さんの自宅も焼失し、2人は知人の家で一緒に暮らし始めます。この期間に2人の愛がさらに深まったと言われています。

頴右さんはシズ子さんとの結婚を意識していたそうです。

吉本穎右の母親・吉本せいから交際を反対される

しかし2人は簡単に結婚できない状況でした。それは・・・跡取り息子である吉本頴右さんと笠置シヅ子さんとの交際・結婚を母親の吉本せいさんが反対していたからです。

もともと体が弱かった吉本穎右さんは、芸能の仕事に専念したかったということもあり、終戦の翌年である1946年の昭和21年に早稲田大学を中退します。

2人は東京に暮らしていたのですが、体が弱い頴右さんのことを考え、頴右さんの体に何かがあったら、実家に申し訳がたたないと、実家の大阪に帰るようにずっと勧めていたシヅ子さん。

しかし多忙だった頴右さんはなかなか実家の大阪に帰ることができませんでした。

そして頴右さんがやっと大阪に帰ることが決まります。

妊娠が判明!しかし衝撃の死

頴右さんが、大阪に戻った直後・・・シヅ子さんは体の異変に気付いて、産婦人科に行き、吉本頴右さんとの子どもが妊娠したことがわかります。

2人の結婚を大反対していた頴右さんの母親のせいさんは妊娠をきかっけに態度は軟化しました。

周囲のすすめもあり、大阪にいた吉本頴右さん会いに行ったシズ子さん。結果、翌年の3月に吉本家の財産の整理が終わるので、その時に結婚をきりだして、子供を認知して入籍することまで話はまとまります。

シヅ子さんは、1947年2月にこの公演を最後に引退するつもりで、日劇フェスティバルショー「ジャズカルメン」に主演。

こうして結婚の話が進み、出産を待つだけだったシヅ子さん。

ところが、吉本穎右さんは肺結核を患ってしまい、東京に戻ることができなくなります。シズ子さんも臨月の身体で大阪に行くことができず、ずっと会うことができていなかった2人。

そんな中、なんと吉本穎右さんの訃報がシズ子さんに届きます。なんと子供の出産直前に、愛する吉本穎右さんを結核で亡くしてしまった笠置シヅ子さん。

愛する人の死の直後に出産し認知はどうした?

この訃報を聞いたとき、シヅ子さんは、産婦人科に入院していたそうです。その時のシヅ子さんのショックは大きなもので、その場に泣き伏せてしまったそうです。

そして吉本穎右さんの訃報を受けた10日後、シヅ子さんは、2人の子供を出産します。30歳を過ぎての初産で難産も覚悟していましたが、お産の苦しみはそれほどではなかったそうです。吉本穎右さんが母子を守ってくれたと感じたシヅ子さん。

初めての出産なのに身寄りがなかったことから、付き添ってくれる人がおらず心細い中の出産をしたそうです。

生まれたのは3150gの元気な女の子で、「エイ子」と名付けられました。

実は吉本穎右さんの遺言で男の子だったら穎造、女の子だったら「エイ子」と名付けるという遺言だったそうです。

笠置シヅ子さんの本名は亀井静子さんなので、娘さんの名前は「亀井エイ子」さんです。

ということで、結婚直前で吉本穎右さんが亡くなってしまったことで、シングルマザーとして「亀井エイ子」さんを出産して、育てていくことになり、認知はされていません

籍を入れて認知をする前に父親の吉本穎右さんが亡くなってしまったことから、エイ子さんは非摘出子、俗にいう私生児になってしまい、そのことを非常に残念だと語っていたシズ子さん。

娘を出産後に東京ブギウギで大ヒット!

また吉本家から、エイ子を引き取りたいと言ってきたそうですが、その申し出を断り、自分で育てる決意をしたシズ子さん。

それからほどなくして、シズ子さんは、恩師である服部良一さんに愛する娘のために、芸能界にカムバックしたいから、ふさわしい歌を作ってほしいと頼みました。

服部はこのシヅ子の言葉を受けて、作った曲が「東京ブギウギ」でした。昭和22年に年末に発売された「東京ブギウギ」のレコードは大ヒット!日本中にブギウギブームが到来するのでした。

シヅ子さんは、赤ちゃんだったエイ子さんをあやしながら、時には母乳を与え、慌ただしく舞台に駆け戻るというように、懸命に仕事をしながら、エイ子さんを育てていたとのことです。

笠置シヅ子の娘・亀井エイ子の現在と画像は?経歴はフラワー業の道へ!

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フラワーアレンジメントを学ぶために渡米

笠置シヅ子さんは、1985年に享年70歳で卵巣がんのため、中野区の病院にて死去します。

当時の喪主は娘の亀井エイ子さん。そして葬儀委員長は、服部良一さんでした。

1985年に母親である笠置シヅ子さんを亡くしてしまった亀井エイ子さん。

現在はご健在なのでしょうか?

亀井エイ子さんは、1947年(昭和22年)6月1日生まれです。

年齢は現在、76歳です。

亀井エイ子さんは、一般人のため、情報はほとんど出てきません。しかしメディアの取材を受けていることはあり、ご健在であることがわかっています。

高校卒業後、

笠置シヅ子さんに「フラワーデザインをやっていきたい」と相談したエイ子さん。笠置シヅ子さんは「花は添えものだから、まずは洋服を勉強した方が良い」と言われ服飾デザイナーの田中千代先生のところで勉強しながら、マミ川崎フラワーデザインスクールに通っていたそうです。

卒業後は、フラワーアレンジメントを学ぶために渡米します。当時の日本には西洋風のアレンジメントが少なかったそうです。そしてビル・ヒクソンズスクールを卒業し、ディプロマを取得。

帰国後は大手ホテルのフラワー業に従事!

シカゴで1年間フラワーショップで就職し修行をしていたエイ子さん。

そのままアメリカで働こうとしたエイ子さんでしたが、母親のシヅ子さんが「そろそろ帰ってこい」と言われたそうで、帰国したそうです。

やはりかわいい娘さん、近くにしてほしかったんですね。

帰国後に大手ホテルのフラワー業に従事されていました。

個人アトリエ「ジャルダン・デ・フルール」を経営していた過去も。

亀井ヱイ子の現在の画像と活動!著書の監修やイベント出演

今回の「ブギウギ」放送に伴ったトークイベントに出演することも判明しました。

またツイッターの投稿からテレビの取材を受けていたこともわかっています。

そして笠置シヅ子さんに関する多くの書籍を制作、監修などしています。

 

2023年に発売されたばかりの書籍「笠置シヅ子 その言葉と人生」では、幼いころのお母さんのこと、父親のことなどを取材でたくさんインタビューで答えています。

また2023年に発売されたばかりの書籍「昭和ブギウギ 笠置シヅ子と服部良一のリズム音曲」のあとがきには亀井エイ子さんが資料や写真を提供したことが記されていました。

他の笠置シヅ子さんに関する書籍の多くにも亀井エイ子さんが資料や写真などを提供しています。

以下の発売されたばかりの書籍でも編集協力として亀井エイ子さんの名前が記されていました。

このように、芸能人ではなく一般の方なので表立った活動はしていないものの、母親の笠置シヅ子さんのことを伝える活動はされているようですね。

特に今年は朝ドラ「ブギウギ」がスタートするにあたり、多くの新たな書籍が発売されていることもあり、忙しく活動されている可能性があります。

 

亀井エイ子に起きた衝撃の誘拐・殺害脅迫事件とは?

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誘拐・殺害脅迫

最愛の人が亡くなり、娘を出産した後、「東京ブギウギ」のヒットでスターとなった笠置シヅ子さん。

1949年には東京財務局が発表した前年度の著名人の高額納税者のトップに次いで2位となり、女性のトップになりました。

そしてNHKの紅白歌合戦に出場するなど、順調に活躍を続けていたシヅ子さん。

ところが、戦後まもなく、またしても最愛の人を亡くすかもしれないという事件が起こってしまいます。

それはなんと娘・亀井エイ子さんの誘拐・殺害未遂事件です。

1954年に脅迫状が届きました。内容は「天神橋下に6万円を置け。さもないと1人娘を殺す」というもの。

警察が捜査し犯人が無事に逮捕!

当時、サラリーマンの1か月のお給料は約1万円だったので、それほど高額ではないものの、娘が対象ということで怖くなった笠置シヅ子さんはすぐに警察に連絡します。

その後、犯人から9回も連絡があり、警察はその声をテープレコーダーに録音。

その後、シヅ子さんのマネージャーが犯人の指定した場所でお金を渡すタイミングで刑事たちが無事に犯人を逮捕しました。

娘には幸い被害はなかったものの、恐ろしい想いをした笠置シヅ子さん。

犯人は30歳の無職の男で、結婚を考えていたが失業。金が必要になり犯行に及んだそうです。

当時、芸能人や富裕層を狙った身代金目的の脅迫・誘拐事件が多くなってきていた時期でした。

余談ですが、この時の犯人の男は1955年の昭和30年にも別の事件で同じ手口で脅迫、再逮捕されているのでした。

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