NHK朝ドラ「わろてんか」。
3月14日の第136話で風太(ふうた)が仰天の発言をします。
「通天閣(つうてんかく)を買おう。」とえ!?!?通天閣って大阪のシンボルみたいな(^_^;)
ってか、通天閣って買うもの!?
そして史実では吉本興業は本当に通天閣を購入したのでしょうか?値段はどうだったのでしょうか?調べてまとめてみました!
吉本興業は通天閣購入の背景とは?
[blogcard url=”https://dorama-netabare.com/archives/31524″]いきなり正解を言うと、吉本興業は通天閣を購入したんです。
知らなかった(^_^;)
昭和3年(1928年)ヒロインてんのモデルになった吉本せいは、勅定紺綬褒章を授与されます。
褒章とは社会や公共の福祉などに貢献した人間を天皇が顕彰する栄典です。
なかでも紺綬褒章は「公益のたまに私財を寄附し、功績顕著なる者」に授与されるもの。
さらにその6年後の昭和9年には大阪府から「節婦」として表彰されます。
既に亡くなっている夫の吉兵衛が残した借財を10年もたたぬうちに完済して同時に社会事業への寄付も続けてきたことが、表彰を知らせる新聞記事からもわかるとのこと。
もちろんせいは、本業の芸能でも貢献を惜しみませんでした。
昭和6年には人気沸騰中のエンタツアチャコらの慰問団を満州に初派遣。これは、ドラマでも描かれていましたね。
これが後の「わろてんか隊」のモデルとなった「わらわし隊」にもつながっていきます。
こうして地元大阪でも「女今太閣」と呼ばれて愛され、親しまれるようになったせい。
吉本興業は通天閣を購入したのはいつ?金額は?
昭和13年に大阪きっての「通天閣」を購入。オーナーとなり大阪の人々を更に驚かせました。
太平洋戦争が始まる数年前のことになります。
通天閣は大阪新世界にある象徴的存在で、パリの凱旋門の上にエッフェル塔をのせたイメージでデザインされた鉄骨製展望塔の初代通天閣が明治45年に建てられたのが始まりです。
これは一興行師に留まらず、大阪を代表する女実業家として押しも押されぬ存在にまで上り詰めたと言えます。
そして通天閣の購入により、せいの名前はさらに世間に広まります。
通天閣の価格は当時の31万円。今の価値で言うと、2億近くとかなり高額でしたら、てんにとって、通天閣にはそれ以上の価値があったのでした。
そして、ここから戦争に突入。吉本興業は、一転、厳しい状況に立たされることになります。
わろてんかでも、この当たりは史実のように描かれるようですね。