関東大震災の牧野富太郎の実話は渋谷で揺れを楽しむも雑誌消失!?

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NHK連続テレビ小説・朝ドラ「らんまん」が最終回近づいてきました!

主演の神木隆之介(かみきりゅうのすけ)さんが演じている、主人公の槙野万太郎(まきのまんたろう)のモデルは、日本の植物学の父と呼ばれる牧野富太郎(まきのとみたろう)さんです。

最終回の直前に、万太郎は誰もが知っている歴史的出来事「関東大震災」が起き、被災することになります。

万太郎は東京に住んでいるので、関東大震災はまのがれないですよね。

ドラマ「らんまん」では、万太郎が長年にわたって集めてきた標本や原稿が被害にあう展開に。

そんな「らんまん」で描かれる万太郎の関東大震災のストーリーは、実話とは違う??

今回は「らんまん」の主人公・万太郎のモデルの牧野富太郎さんの関東大震災での史実・実話のストーリーをご紹介していきます。

大きな被害にあいながら、渋谷での地震の揺れを楽しんでいたって本当!?

目次

関東大震災のらんまんでの牧野万太郎のネタバレとは?被災して大事な標本や原稿を失う!?

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まずは、朝ドラ「らんまん」で起きる関西大震災のわかっているネタバレのご紹介です。

大正12年9月1日。万太郎(神木隆之介)の図鑑はついに完成しようとしていた。万太郎は、永守がいる神戸に旅立つ準備を、寿恵子(浜辺美波)と千歳(遠藤さくら)は、いつものように昼食の準備をしていた。その時―、関東大震災が発生。火災も起き、各地で甚大な被害が出る。大畑印刷所で働く虎鉄(濱田龍臣)は、大畑(奥田瑛二)と共に消火活動に。万太郎、千鶴(本田望結)たちは持てるだけの標本をもって渋谷へと避難する。

引用元:https://tv.yahoo.co.jp/program/117228056

25週のタイトルは「ムラサキカタバミ」。

万太郎が大学を辞めることになります。そして、万太郎の娘の千歳と弟子の虎鉄が結婚!といううれしい出来事も。

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しかし、大正12年9月1日。その日がきてしまいます。

関東大震災です。

万太郎たちの自宅・十徳長屋は東京の根津ですね。東京では火災が起きて印刷所の大畑が久々に登場!火災活動をするシーンが。

そして万太郎たち一家は自宅から、寿恵子が待合を経営する渋谷に行くことになります。

万太郎(神木隆之介)、寿恵子(浜辺美波)、千歳(遠藤さくら)、千鶴(本田望結)は、ようやく渋谷までたどり着く。渋谷一帯は被害が少なく、寿恵子の店も無事だった。地震から数日後、虎鉄(濱田龍臣)、百喜(松岡広大)、大喜(木村風太)、家族みんなの無事が確認でき安堵するが、長屋は、40年かけて集めてきた標本や原稿が無残な姿となっていた。肩を落とす万太郎がふと地面に目をやるとムラサキカタバミが咲いていて…

引用元:https://tv.yahoo.co.jp/program/117263526

火災が起きてしまったこともあり、多くの死者が出てしまったことでも知られている関東大震災。

渋谷は被害が少なく、寿恵子の待合も無事で、牧野家の家族もみな無事だったのは、良かったですね。

標本や原稿が無残なことになってしまい、落ち込んでいる万太郎を元気づけたのは、ムラサキカタバミでした。

震災からおよそ1か月。万太郎(神木隆之介)は、ムラサキカタバミの植物画を描いていた。こんな時だからこそ、たくましく咲いている植物を見て嬉しかった。その気持ちを誰かに渡したいのだと、万太郎は寿恵子(浜辺美波)に話す。寿恵子は百喜(松岡広大)と大喜(木村風太)に広い土地を探してほしいとお願いする。そして、相島(森岡龍)にもある決意を伝える。

引用元:https://tv.yahoo.co.jp/program/117286118

こんな万太郎たちが経験する関東大震災のネタバレですが、実は、モデルの牧野万太郎さんの史実とは違う??実話ではない?

と言うことで以降では、牧野万太郎さんの関東大震災の史実・実話のストーリーをご紹介していきます。

関東大震災の牧野富太郎は渋谷で地震の揺れを楽しんでいたって本当!?

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関東大震災とは?

大正12年9月1日の午前11時58分。関東大震災が起きます。

震源地は相模湾北部の海底で、震源の深さは約15キロ、マグニチュードは7.9と推定されました。

東京都内では隅田川の東岸、現在の墨田区、江東区の一体での揺れが特に大きく震度7でした。

死者は10万5千人と言われていて、その9割は地震で起きた火災によるものだと言われています。

阪神淡路大震災の死者が5500人、東日本大震災の死者が役1万8千人と言われているのでその被害の大きさがわかりますね。

引用元:https://www.bousai.go.jp/kantou100/

過去にも多くの朝ドラで関東大震災が描かれてきました。

古い作品ですと「おしん」。また杏さんがヒロインだった「ごちそうさん」、吉高由里子さんがヒロインの「花子とアン」などなど。

「花子とアン」では、町田啓太さん演じる、鈴木亮平さん演じる村岡英治の弟の郁弥が死亡してしまう悲しい展開でした。

牧野富太郎が地震の揺れを楽しんでいたって本当!?

ドラマでは牧野家は根津の長屋で暮らしていたのですが、牧野富太郎さん一家は荒木山(現在の渋谷区丸山町)に住んでいました。

実際は寿恵子さんのモデル牧野寿衛子さんは、自宅の近くに待合茶屋を開いたのでした。

荒木山でも震度6の揺れがあったと思われるそうです。

富太郎さんは、その日も自宅の自室で標本を見ていました。9月と言うことで暑い日で猿股ひとつの半裸だったとのこと。

富太郎さんは驚くでもなく、騒ぐでもなく、ただ揺れ具合を見ていたそうですが、隣家の石垣が崩れだしたために、庭に出て大きな木の幹につかまったそうです。

幸いなことに家屋の被害は瓦が少し落ちがくらいですんだとのこと。

その後も余震が続いて、家族は庭にむしろを敷いて夜を明かしたそうです。

そんな中、富太郎さんは家の中の八畳間の真ん中に陣取って揺れるのを楽しんでいたそう。やはり天才は違いますね(^^;

当時は今ほど、地震についてのことが知られてなかったと思い、今以上に得たいの知れないものだったと思いますが、そんな地震の揺れを楽しむなんて、やはり普通の人間とは違うことがわかります。

もともと天変地異に興味があったと言う富太郎さんにとってこの大地震が千載一遇のチャンスだと思ったそうです。

なので、余震が続く中、家の中にとどまったそうです。

ところがその揺れ方を味わっている最中に、今度は家がギシギシと音を立てていることが気になってしまった富太郎さん。

なので揺れ方をよく覚えることができなかったそうです。

富太郎さんにとって地震が恐怖ではなく、植物を観察するような自然の一つだったことがわかる驚きの実話でした。

おそらく揺れを楽しんでいたという実話は朝ドラでは、批判などが相次いてしまうかもしれず、描くことができないと思われます。

なので、震災によって牧野富太郎さんが失ったものに関しては描かれると思います。以降で詳しくご紹介していきます。

関東大震災の牧野富太郎の実話は植物雑誌が消失?

関東大震災の被害が拡大した最大の原因は、発生したのは、お昼・正午だったことで、昼食の準備をしていた家のかまどや七輪から火災が起こってしまったことで、火事による死者も多数でした。

水道が断水して消化作業が遅れて、おりからの強風もあり、たちまち延焼して火災は9月3日の明け方まで続いたそうです。

当時、東京市外だった、富太郎さんたちが住んでいた渋谷の被害は比較的少なかったものの、都心の印刷所か製本所で火災にあったと推測されるのですが、成蹊学園の創立者で教育者として知られた中村春二の支援を受けてようやく続編が決まった「植物研究雑誌」の第三巻第一号が焼失してしまったのでした。

手元に残ったのは、発刊前に富太郎さんに届けられていた見本刷りの7冊だけだったそうです。

関東大震災をきかっけに牧野富太郎の妻・寿衛子が練馬区の大泉に自分たちの家を建てる

関西大震災で牧野家は家屋や家財の被害は少なかったものの、妻の寿衛子さんは中村春二さんの支援を受けてようやく復刊した「植物研究雑誌」の消失を嘆く富太郎さんの姿を見て心を痛めました。

また同じような出来事が起こった時に、富太郎さんの大事な標本は書籍を守るにはどうしたら良いのか?と思った寿衛子さん。

また当時、渋谷の待合で働いていることに対して、東京大学で働いていた富太郎さんに誹謗中傷がありました。最初から予想していたことですが、これ以上、富太郎さんの名誉を傷つけたくないと思った寿衛子さんは、次第に後ろめたさを感じます。

また震災の影響で景気が悪化。待合の支払いを踏み倒すたちの悪い客が増えてきたこともあり、待合を売り、富太郎さんのために家を建てようと決意。

こうして待合を売って得たお金で震災の被害が少なく、都心からの移住者が多かった武蔵野、北豊島群大泉村(現在の練馬区の大泉)の雑木林が広がる土地を購入し、家を建てることに。

こうして大正14年の暮れに着工し、翌年の5月に完成。その場所が現在の練馬区牧野記念庭園です。

この時、富太郎さんは64歳、寿衛子さんは52歳でした。

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