まんぷく息子源のモデルは安藤宏基で日清食品の社長に就任?

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朝ドラ「まんぷく」はお騒がせな鈴(松坂慶子)も無事に克子(松下奈緒)のところに戻ってきて、今克子の夫で画家の香田忠彦(要潤)の絵のモデルとなって、忠彦に癒されているところです(笑)

福子(安藤サクラ)と萬平(長谷川博己)も安心したところで、福子に陣痛が始まりもうすぐ第1子が誕生しそうですね(^ ^)

このNHK朝の連続テレビ小説「まんぷく」は、日清食品創業者である安藤百福さんと奥様の仁子さんがモデルとなっています。

 

 
 
 
 
 
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わたしは今にも誕生しそうなこの福子の子供(息子)は、今後日清食品の社長に就任するのかが気になりました。

もうすぐ生まれる福子の子供(息子)のモデルは誰なのか? 今後日清食品の社長に就任するのでしょうか?実話をまとめてみました!

 

 

目次

まんぷくで福子の息子(子供)のモデルは安藤宏基?

まんぷく子供ネタバレ!人数や性別と安藤百福の実話も

もうすぐ誕生する福子(安藤サクラ)と萬平(長谷川博己)の第一子は男の子です♪

子供の名前でまた鈴(松坂慶子)が一悶着起こしますが、これもお約束のひとつとなりましたね(笑)

ちょっとしたすったもんだがあり、子供の名前は「源(げん)」で落ち着きます。

福子と萬平のモデルは日清食品創業者の安藤百福さんと仁子さんご夫婦♪

お二人には1947年に生まれた宏基(こうき)という長男がいます。

安藤百福さんが1910年生まれなので、父親が37歳のとき、仁子さんが1917年生まれなので30歳のときの子供ということになりますね。

実はこの宏基さん、仁子さんにとっては長男ですが、百福さんにとっては次男なんです!

えええええ!!

って思った方も多いと思います。 なんと百福さんは仁子さんと結婚する前に、台湾で別の女性と結婚していたのです!

その長男は安藤宏寿(ひろとし)といい、1931年に台湾の女性との間に生まれました。

なので百福さんが21歳のときの子供ですね。 宏基さんとの年の差は16歳ということになります。

さて、長男がふたり登場してしまいました(笑)

どちらが源のモデル???

やっぱり仁子さんとの間に生まれた安藤宏基さんがモデルだと思います。

年齢的にも萬平は、宏基さんが誕生した年齢に近いように思います。

ま、これから萬平のかつての愛人の子供が登場??? なんてこともないとはいえませんが(^_^;)そうなると萬平の性格が根底からひっくり返されて、ドラマの収拾がつかなくなってしまいます(笑)

他にも安藤百福さんにはお妾さんがいて(当時の台湾では合法でした)おふたりには二男一女の子供もいました。

この女性とは離婚し、子供はみんな女性が引き取ったそうです。

ということで、百福さんには4人の男の子が生まれていますが、源のモデルは安藤宏基さんだと思います。

 

安藤宏基は実際に日清食品の社長に就任する?

 

 

それでは早速日清食品の歴代社長をご紹介しますね(^ ^)

日清食品歴代社長

初代:安藤百福(創業者)
2代:安藤宏寿(百福の長男)
3代:安藤百福
4代:安藤宏基(百福の次男で仁子の息子。日清食品ホールディングス社長・CEO)

まんぷく萬平逮捕は実話?軍事物資横流しはモデル安藤百福も

なんと、台湾女性との間に生まれた宏寿さんが2代目の社長に就任していました!

日清食品の前身である「中交総社」を立ち上げたのが1948年、宏基さんが生まれた次の年になります。

そして世界で初となるインスタントラーメン「チキンラーメン」をひっさげ、日清食品へと商号を変えたのが1958年でした。

長男の宏寿さんが社長に就任したのが1981年。 百福さんは会長へと退きます。

ところが2年後の1983年、経営方針の食い違いにより宏寿さんが社長を退任、また百福さんが社長に復帰し会長職と兼任することになりました。

どうやら追い出されたという形のようで、もともとこの親子はあまりうまく行っていなかったみたいです。

ただ、宏寿さんは晩年このように語っていたそうです。

仁子さんには、とても気を使ってもらって感謝している

血縁関係がない親子だけにお互い気を使っていたのかもしれませんが、ここでも仁子さんは二人の親子の間で、上手に立ち回っていたんだとわたしは想像しています。

本当に聡明で優しい女性だったんでしょうね。

さて、次男で仁子さんとの間に生まれた宏基さんはどうしたのか? というと、慶應大学を出てアメリカのコロンビア大学へ留学ののち、アメリカの日清食品の取締役についています。

1年アメリカにいて、その後日本の日清食品に入社、翌年の1974年には取締役になりました。

その後も営業本部長、専務、副社長とステップを踏み、1985年に代表取締役社長に就任、現在もそのままのポストです。

40歳手前であの大企業日清食品の社長の座に就き、71歳の現在まで現役のままというのもすごいですよね!

さて、これから生まれてくる源は、安藤宏基さんのような人生を送るのでしょうか?

ではもう少し安藤宏基さんについて掘り下げてみましょう(^ ^)

 

まんぷく息子のモデル安藤宏基の子供時代は?

立花萬平のモデルは安藤百福でインスタントラーメン開発!まんぷく【長谷川博己】

かなりやんちゃ坊主だったそうです(^ ^)

年下の子供たちを集めて竹槍を持って近くの山へイノシシ狩りに行きますが、本当にイノシシが出てびっくりしてお漏らししながら戻り仁子さんに叱られます。

当時ラーメン屋はイメージが悪く、「お前の父親はラーメン屋」とからかわれよくケンカをして帰ってきたりもしたそうです。

とにかくいたずらっ子で仁子さんは謝罪して回っていたそうで、その度に厳しく怒られたことから宏基さんは「鬼の仁子」と呼んでいたそうです(笑)

大学の合格祝いにと買ってもらった車で、運転中事故を起こしてしまって九死に一生の思いをしたこともあったといいます。

大企業のご子息ということでかなりのお坊ちゃんかと思ったら、意外とやんちゃな子供時代だったようですね(^ ^)

さて、その後宏基さんは百福さんとどのような関係を築いていくのでしょうか?

まんぷく息子のモデル安藤宏基と安藤百福の関係とは?

まんぷく福子のモデルは安藤仁子!インスタントラーメンの日清食品創業者の妻

日清食品創業者である安藤百福さんが取締役を退任し、創業者会長となったのが2005年のことでした。

百福さんにはこのような持論があったそうです。

企業には永遠はなく、いつ寿命が尽きるかわからないので、健康なうちに次の世代に渡しておく

さすがジェットコースターのような人生を送ってきた百福さん。

また世襲についても、他に優れた人材がいるなら、その人を登用することにためらいはない、とも公言しています。

1975年、百福さんは政治家から余剰米で何か食品を作ることができないか、と持ちかけられて作ったのが「カップライス」でした。

カップラーメンのように、お湯を注ぐとエビピラフやドライカレーなどができるという商品で、マスコミの賞賛もあり発売以降順調に売れました。

ですがある主婦から値段が高すぎることと、ご飯は家でも炊ける、と言われていくら国のためであっても、消費者から支持されなければ売れるはずがない、と撤退を決意。

簡単に撤退といっても、30億円もかけた事業、当然周りの反対がありましたが、紆余曲折の安藤百福さん、この決断が被害を最小限にとどめたのかもしれません。

そんな頃に手腕を発揮したのが宏基さん、「焼きそばUFO」や「どん兵衛きつね」など今でも定番となっている商品をヒットさせました。

実は百福さん、この偉業に嬉しくもあり悔しくもあり、という心境だったとか。
親子であってもライバルだったんですね。

そうして1985年、百福さんが75歳のときに37歳だった宏基さんに、社長の座を譲り自身は会長職となります。

すると宏基さんは勢い余って(?)「打倒カップヌードル」を掲げてしまいます。

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みなさん想像できると思いますが、当然百福さん怒っちゃいます。

宏基さんにしてみると、メガヒットとなっていたカップヌードルを超える商品を作ろう、というスローガンがちょっと言葉の選択を間違えただけだったのです(笑)

二人の亀裂は会社だけではなく、家に帰っても続くことになります。
世襲ってこういうところが面倒ですよね(笑)どうしても公私混同しがちになっちゃいます。

でも一番苦労したのは間に入っている仁子さんではなかったかと思います。

実際に仁子さんが書いていた日記には、この親子の口論を嘆いている記述が多いとか^^;

ときには「おまえが甘やかしたからだ」とまで言うそうで、百福さんの汚い言葉遣いを嫌がっていると綴っていたそうです。

幸いなことに百福さんと仁子さんの間には、女の子もひとりいました、

明美さんといいますが、そんな仁子さんの愚痴を聞いた明美さん、百福さんに苦言します。

娘かわいさで娘の話なら聞くパパって多いですが(笑)百福さんもやはり父親、そのあと仁子さんに謝ったことまで日記には書かれているみたいです(^ ^)

そんな家族みんなを巻き込んだ親子のいがみあいは長く続いたそうで、仁子さんの気苦労も長引きました。

そんな母親を見ているのが辛くなったのが、息子の宏基さん。
やっぱり母親の悲しむ顔を見たくないのも、どこの息子も一緒ですね。

宏基さんは意固地になるのをやめ、聞くことに徹することにしました。

あるとき宏基さんは百福さんからこんなことを言われたそうです。

おまえには敬愛の心がない。 おまえのことを愛してるから、厳しいことを言うんだよ

こんなことがサラッと言える父親ってかっこよくないですか?

宏基さんはこのとき「ありがとうございます」と言えず、百福さんが亡くなった後も悔いが残っているそうです。

でもきっとその感謝の気持ちは、百福さんに届いているのではないでしょうか。

安藤宏基さんはこんな本も出版しています。

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また二人の世襲について書かれた本も。

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安藤宏基さんは創業者とうまく付き合う方法について4つの教訓をまとめています。

1 会社の無形資産の中で、最大価値は「創業者精神」であると思え

2 2代目の功績は創業者の偉業に含まれる

3 2代目は守成(創業者から受け継いだ事業を固め守ること)の経営に徹する

4 創業者の話に異論を挟まず「ごもっとも」と言え

2代目だという方がいらっしゃったら、ぜひこの教訓も参考にしてみてください。

このように百福さんと宏基さんは、宏基さんが一歩引く形をとることで上手な関係を作れたのかもしれませんね。

なんだかまだ生まれてもいない源に、かなり期待が高まっちゃいました(笑)

あの様子だと萬平さんはかなり過保護になりそうですが、大丈夫なんでしょうかね?(^_^;)

まとめ

まんぷくは実話?元ネタは安藤百福の妻仁子だけどフィクション?

もうすぐ生まれる福子と萬平の子供は、男の子で源と名付けられます。

モデルは安藤百福さんの次男(仁子さんにとっては長男)の宏基さんだと思います。

宏基さんといえば現在の日清食品の社長。

誰が源を演じるのか楽しみになってきました!

みなさんは誰だと思いますか?

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