嘉納伝助【かのうでんすけ】のモデルは実在の石炭王?

嘉納伝助(かのうでんすけ)は、現在好評再放送中のNHK朝ドラ「花子とアン(はなことあん)」に出てくる人物です。

演じているのは吉田鋼太郎(よしだこうたろう)さん。現在62歳ですが、つい先日お子様が誕生した!と話題になりましたね。

そんな吉田鋼太郎さん演じる嘉納伝助ですが、仲間由紀恵さん演じる葉山蓮子(はやまれんこ)のお見合い相手で、後に結婚する相手です。

今回は朝ドラ「花子とアン」に登場する嘉納伝助(かのうでんすけ)のモデルについて実在するのか?調べてみました。

嘉納伝助は「九州の石炭王」と呼ばれる大富豪ですが、そんな人物は本当に実在したのでしょうか?

九州に実在した、炭鉱王についてのご紹介です!

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目次

嘉納伝助【かのうでんすけ】のモデルは実在の石炭王?

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嘉納伝助(かのうでんすけ)とは?九州の石炭王

嘉納伝助は「花子とアン」で、ヒロインはな(吉高由里子)の親友、葉山蓮子(仲間由紀恵)の夫となる人物。

「九州の石炭王」として知られ、戦争を機に一台で巨万の富を築いた成金です。

炭鉱以外にもいろいろな事業で成功していました。

伝助は蓮子より25歳も年上。どちらにとっても再婚相手。伝助は前妻を亡くしています。

夫婦に子どもはいませんが、愛人との間に冬子(城戸愛莉)という娘がいました。

葉山蓮子の家は投資に失敗し、破産の危機を迎えますが、蓮子との結婚を条件に葉山家は救われます。

要するに蓮子は人身御供ということだったんですね。

嘉納伝助は一代で大富豪となったため、学問などの教養はなく、蓮子のようなブルジョア階級に対してコンプレックスを持っています。

言動も粗野で下品なところもありますが、同じ平民育ちのはな(吉高由里子)からはいい人だと思われている一面も。

蓮子に対しては学問のある女は好かない、言ったり、蓮子との再婚は華族という身分と顔に一目ぼれしたからだ、と言い蓮子を怒らせてしまいます。

伝助は蓮子に高価なティアラを探し廻って贈るなど、蓮子に愛情をもっていました。

ですがふたりの価値観が違いすぎていて、だんだんその溝は深くなっていきます。

というのが嘉納伝助です。一代で成り上がった人物で、粗野な男なため華族出身の蓮子とは、溝が深すぎたようですね。

さて、この嘉納伝助にモデルは実在するのでしょうか?

 

 

嘉納伝助【かのうでんすけ】のモデルは実在の炭鉱王の伊藤伝右衛門

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嘉納伝助【かのうでんすけ】のモデルの伊藤伝右衛門とは?

嘉納伝助のモデルは実在した伊藤伝右衛門(いとうでんえもん)さんです!

伊藤伝右衛門さんは1861年に、現在の福岡県飯塚市で生まれました。

岡っ引き(警官のようなことをしていた)の父親の元、長男として生まれます。

子分が多く食費にも事欠く日々。貧しい暮らしで寺子屋(現在の小学校のような存在)に通うこともできなかったそうです。

伝右衛門さんが7歳のときに母親が死去。父親も病気になったため、8歳で妹とともに親せきの家に預けられました。

そこでは納屋に寝泊まりし、農業の手伝いなどをして暮らしていたそうです。

伝右衛門さんが10歳になったとき、妹はその家の養女となり、伝右衛門さんは回復した父親のもとに戻ります。

呉服屋に丁稚奉公した伝右衛門さんは、忙しいまま寺子屋に通えず、字を覚えることはありませんでした。

13歳で呉服屋を辞め、いろんな仕事をしていたそうです。

伊藤伝右衛門の炭鉱王への道とは?

18歳のとき、日当が高かったことから軍夫に志願。戦争が終わると以前やっていた、石炭を運ぶ船の船頭の仕事を復活します。

伊藤伝右衛門さんが20歳のころの1880年。資金援助を受けた伝右衛門さんは伊岐須炭坑を開拓。

資金援助をしてくれた理由は、父親の伝六さんがいたからです。

伝六さんは長く岡っ引きの親方をしていたため顔も広く、野蛮な坑夫たちをまとめられる能力が買われたためでした。

炭鉱が軌道にのるまでは、伝右衛門さんも自ら過酷な採掘の仕事をし、父と一緒に炭鉱を軌道に乗せていきます。

30歳前の伝右衛門さんは、1888年にハルさんという女性と結婚。このころから日清戦争の軍備増強のため、石炭の需要が高まります。

伝右衛門さんが40歳のころ、父親の伝六さんが病死したことで、伝右衛門さんは独り立ちをし、規模を拡大していきました。

そして1896年、炭鉱のための機械を作る会社を立ち上げ、そこの社長に就任します。

1901年に嘉穂銀行の取締役に就任し、1903年には衆議院議員に当選。

1904年に第十七銀行の取締役となり、1905年に共同経営していた牟田炭坑の経営者となりました。

難航した牟田炭坑でしたが、そこからは良質の石炭が採れ、日露戦争が始まったというタイミングもあり、伊藤伝右衛門さんは巨万の富を得ます。

そして伝右衛門さんは「筑豊の炭鉱王」と呼ばれるようになりました。

現存している伊藤伝右衛門邸。

中はものすごく広いようです(≧∇≦)

というのが、嘉納伝助のモデル、伊藤伝右衛門さんのサクセスストーリーでした。

伊藤伝右衛門さんは1945年の終戦から2年後の1947年に86歳でお亡くなりになっています。

筑豊最後の炭坑王であった伊藤伝右衛門さん。

炭鉱の時代は終わり、自宅も伊藤家の手を離れ、現在は飯塚市の所有となっています。

2006年に飯塚市有形文化財に指定され、有料(大人300円)で一般公開されています。

最初の結婚はハルという女性でしたが、その後の再婚とは?

そして「花子とアン」の伝助と史実は同じなのでしょうか?

 

 

嘉納伝助のモデルは蓮子のモデルと結婚してる?

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嘉納伝助と葉山蓮子の結婚ネタバレは?

「花子とアン」の嘉納伝助(吉田鋼太郎)と、再婚相手の葉山蓮子(仲間由紀恵)の年齢差は25歳。

蓮子は14歳で子爵家に嫁ぎ、16歳で子どもを出産しますが、その子供は取り上げられてしまいました。

もめ事を起こし離縁された蓮子は、幽閉されるがごとく女学校の宿舎に送られます。

そこで蓮子ははな(吉高由里子)と知り合い、ふたりは親友になりました。

ですがその後兄から強引に見合いを勧められる蓮子。

相手は九州の石炭王、嘉納伝助です。

伝助が福岡に女学校を経営していると知り、それに携わりたい一心で見合いを受ける蓮子。

はなに反対されるも、結婚を決意しました。

ですが福岡に行ってからが大変。女中たちからも嫌がらせをされたり、伝助の娘が同居していたり・・・。

前妻との間に子どもはいなかったのですが、伝助が愛人に産ませた冬子(城戸愛莉)がいたのです。

伝助と冬子に教養を教えようとするも、なかなかうまくいかず、だんだん蓮子は孤立していきました。

そして唯一の望みだった女学校の経営も、伝助は経営には口を出さないポリシーだったので、理想の女学校を作りたかった蓮子の夢は砕かれてしまいます。

再婚してから10年後。上京する機会がありはなと再会する蓮子。

そのときに出会った青年、宮本龍一(中島歩)から演劇の脚本を依頼されます。

どんどん宮本に惹かれていく蓮子。

やがてふたりは駆け落ちをし、そのときに蓮子が伝助にあてた絶縁状がなぜか新聞に掲載され、伝助は憤慨します。

伝助もまた蓮子に対する反論文を新聞に掲載。

伝助は蓮子の居場所を執拗に探しましたが、やがて蓮子が宮本の子を妊娠していることを知り、離婚を承諾しました。

関東大震災ではなの結婚相手、村岡家が経営していた印刷工場が倒産してしまったとき、融資をしてくれる銀行を紹介してくれたのは伝助。

そのときに偶然蓮子と再会。ふたりはお互いに反省し和解しました。

というのが「花子とアン」の伝助と蓮子の結婚にまつわるお話です。

ではモデルの実話はどうだったのでしょうか?

嘉納伝助のモデル伝右衛門と百蓮の結婚

伊藤伝右衛門さんが最初の妻となるハルさんと結婚されたのが1888年。伝右衛門さんが26歳のころでした。

ハルさんが病気でお亡くなりになったのは1910年なので、結婚から22年後のことです。

伝右衛門さんが50歳手前くらいのころでしょう。

いろいろと再婚話が持ち込まれたそうです。そのひとりが柳原燁子こと、百蓮さんです。

百蓮さんは離婚歴があるものの、当時の大正天皇の従妹にあたる高貴な出身。

当時柳原家は資金難だったため、百蓮さんは兄の議員出馬の資金のため、差し出されたのでした。

この政略結婚は、当時「炭鉱の成金が華族の姫を金で買った」と大々的に報じられたそうです。

伝右衛門さんは百蓮さんと結婚するにあたり、部屋数が25もある豪邸をつくりました。

伝右衛門さんはとても百蓮さんに気を使っていたといいます。

「花子とアン」と同じように、伝右衛門さんには愛人の子ども、静子もいて同居していました。

伝右衛門さんの女遊びは続き、25歳という年齢差もふたりに溝を深めます。

伝右衛門さんは百蓮さんの歌集を何冊も自費出版。百蓮さんも伝右衛門さんが病のときには看病をするなど、ふたりは歩み寄りをみせていましたが。。。

それでも埋まらなかったふたりの溝。なんと女中の中にも伝右衛門さんの妾がいたとか(^^;)

とうとう百蓮さんは7歳年下の雑誌記者、宮崎龍介さんと恋に落ちてしまいました。

そして百蓮事件が起こります。百蓮さんと宮崎さんが駆け落ちをしたのです。

百蓮さんは伝右衛門さんに公開絶縁状を送り、伝右衛門さんも反論記事を新聞に掲載。

ですが事件後は百蓮さんの非難はしなかったそうです。

百蓮さんとの離婚後、伝右衛門さんは再婚することはありませんでしたが、晩年は妾のさとさんという女性が一緒にいたそうです。

このさとさんは、百蓮さんからも信頼をされていた女性。

さとさんは京都の料亭の経営を任され、そこでは伝右衛門さんと百蓮さんも会っていたといいます。

「花子とアン」と同じように、伝右衛門さんと百蓮さんも和解していたのですね。

伊藤伝右衛門さんの結婚はハルさんとの結婚が最初で、病死してからすぐに百蓮さんと再婚しています。

どちらにも子どもはいませんでしたが、愛人が生んだ静子さんという娘がひとりいます。

他には妹の息子を養子にしていて、妾も数人いました(^^;)

百蓮さんと結婚後は子どもができない体だった伝右衛門さん。

百蓮さんは自分の立場を考え、あえて妾たちとも仲良くなり、自分の立場を守るような行動をしていたといいます。

そんな百蓮さんのために作った豪邸。ぜひ訪れてみたいです(^-^)

嘉納伝助【かのうでんすけ】のモデルは実在の石炭王?のまとめ

嘉納伝助は、現在再放送中の朝ドラ「花子とアン」の登場人物です。

ヒロイン、花子の親友となる葉山蓮子の再婚相手となる九州の石炭王。

蓮子とは25歳も年が違い、微妙な夫婦関係でしたが、結局は蓮子は愛人とともに駆け落ちし、のちに伝助も離婚に応じました。

その後再会したふたりは和解しあうことになります。

この伝助のモデルは実在しています。筑豊の炭鉱王と呼ばれた伊藤伝右衛門さんです。

「花子とアン」ではふたりの結婚について、かなり忠実に描かれました。

そんな伊藤伝右衛門さんをモデルにした嘉納伝助を演じたのは吉田鋼太郎さん。

奥さまは23歳年下なので、伝助とほぼ同じ?

年下の男性と駆け落ちされないように、奥さまを大切にしていただきたいですね(笑)

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