朝ドラ「ブラッサム」で、遠藤憲一さんが演じる文芸雑誌『首都公論』の編集長・黒崎大三郎(くろさき・だいざぶろう)。
珠(石橋静河)が働く西洋レストランの常連客として登場し、作家をめざす珠の運命を大きく動かしていきます。
黒崎大三郎のモデルは、大正時代に雑誌『中央公論』の編集長として活躍した名物編集者・滝田樗陰(たきた・ちょいん)だと考えられます。
今回は、黒崎大三郎の役柄と、モデルの滝田樗陰と宇野千代さんの史実、黒崎のこれからのネタバレ、そして演じる遠藤憲一さんについてご紹介します。
黒崎大三郎(くろさき・だいざぶろう)とは?珠が出会う敏腕編集長
朝ドラ「ブラッサム」とは?
「ブラッサム」は、2026年9月28日にスタートした2026年度後期のNHK朝ドラです。
今作で主演をつとめるのは石橋静河さんで、役名は葉野珠(はの・たま)です。
珠のモデルは、明治から平成まで98年の人生を生きぬいた作家・宇野千代(うの・ちよ)さん。
原作となる本はなく、宇野千代さんの歩みをもとに、人物の名前や設定を変えて描くオリジナル作品です。
物語の始まりは、山口県・岩国。
造り酒屋の家に生まれた珠は、子どものころから本が大好きで、自分でも物語を書くようになります。
ところが、結婚や恋がうまくいかず、ふるさとにいられなくなった珠は、いとこの保(金子大地)をたよって東京へ。
東京で作家や編集者たちと出会い、珠は「書くこと」で生きていく道を歩きはじめます。
脚本を担当するのは櫻井剛さん・小松與志子さんの2人。YOASOBI が歌う「咲き誇れ」が主題歌として流れます。
黒崎大三郎とは?珠が出会う敏腕編集長
黒崎大三郎(くろさき・だいざぶろう)は、日本でも指おりの文芸雑誌『首都公論』の編集長です。
公式サイトでは、豪快な性格と、作品のよしあしを見ぬく鋭い目で、文学の世界を引っぱっていく人物として紹介されています。
🌸「首都公論」編集長
黒崎大三郎/ #遠藤憲一日本屈指の文芸雑誌「首都公論」を率いる編集長。
豪胆な性格と鋭い審美眼で文壇を牽引(けんいん)する存在。/
🗣#ブラッサム の放送は #9月28日スタート
\ pic.twitter.com/AbHA5GdKGR— 朝ドラ「ブラッサム」公式 (@asadora_bk_nhk) August 25, 2026
黒崎が珠と出会うのは、珠がウエイトレスとして働く西洋レストラン「悠樂軒」。
副編集長の山中勇三(井浦新)といっしょにお店へやってきます。
保は新聞配達をしながら大学に通い、珠は西洋レストラン「悠樂軒」でウエイトレスとして働くことになる。そのレストランの客の中には、一流の文芸雑誌「首都公論」の敏腕編集長・黒崎大三郎(遠藤憲一)と副編集長・山中勇三(井浦新)がいた。黒崎は一流の編集長らしく、豪快にビフテキを食べ、帰る際には必ず大金のチップを置いていった。そんな中、珠は家事と仕事の合間に小説を書き続けていたが…。
引用元:番組表.Gガイド
ビフテキをぺろりと食べて、帰りにはかならずたっぷりのチップ。
黒崎のまわりには、自分の原稿を載せてほしい作家たちが、いつも集まってきます。
首都公論がどの雑誌をもとにしているのかは、こちらで解説しています。
首都公論のモデルは文芸雑誌「中央公論」!宇野千代と深いかかわり!
黒崎大三郎のモデルは滝田樗陰(たきた・ちょいん)で名物編集長
滝田樗陰とは?『中央公論』を大きくした名物編集長
黒崎のモデルと考えられる滝田樗陰は、1882年(明治15年)、秋田県の今の秋田市に生まれました。
本名は滝田哲太郎です。
東京帝国大学の学生だったころ、雑誌『中央公論』で外国の新聞や雑誌を訳すアルバイトを始めます。
その力が認められて正式な編集者になり、大学にはほとんど行かなくなって、そのままやめてしまいました。
1905年(明治38年)、『中央公論』に文芸のページをつくると、雑誌の売り上げが大きくのびます。
その手がらで、1912年(大正元年)には雑誌づくりのトップである「主幹」になりました。
夏目漱石や森鷗外といった大作家から、まだ新人だった芥川龍之介や菊池寛まで、多くの作家を『中央公論』に引き入れたのが滝田樗陰です。
ほかにも、こんな話が残っています。
- 黒くぬった人力車に乗って、自分で作家の家をまわり、原稿をたのんでいた
- 大正デモクラシーで知られる吉野作造の論文の多くを、自分で口述筆記して雑誌に載せた
- スペインかぜで40度以上の熱を出し、「書けない」と連絡してきた作家・広津和郎に、「流感ハ本社ノ責任ニアラズ」と電報を打って、原稿をせかした
- 東大で夏目漱石の授業を受けていて、のちに漱石の家に通っては、書や絵を何枚も書いてもらっていた
好き嫌いがはっきりしていて敵も多かったそうですが、『新潮』の中村武羅夫とならんで、大正時代を代表する名編集長といわれています。
豪快で、仕事には一切手をぬかない。ドラマの黒崎の「豪胆な性格」は、こうした滝田樗陰の人物像と重なりますね。
滝田樗陰は、1925年(大正14年)10月27日、腎臓の病気が悪くなり、43歳の若さで亡くなりました。
燕楽軒の常連「金時さん」は滝田樗陰だった
2人の出会いの場所は、上京してまもない宇野千代さんが給仕をしていた本郷の洋食店「燕楽軒」。
道をはさんだ向かい側に、中央公論社の建物があったため、滝田樗陰はこのお店の常連だったのです。
燕楽軒には、まるまると太っていて「金時さん」とよばれる常連客がいました。
金時さんが座るのは、決まって宇野千代さんが担当するテーブル。料理をものすごい速さで平らげ、ビールをぐいっと1杯あけていきます。
お会計のあとには、代金とは別に50銭玉をひとつ、そっと残していくのがお決まりでした。
この金時さんの正体が、『中央公論』の編集長・滝田樗陰でした。
今のお金でいえば、1回で5千円ほどのチップです。
毎回たっぷりチップをはずんでいくドラマの黒崎は、まさにこの金時さんそのものですね。
さらに滝田樗陰は、作家たちを燕楽軒に連れてきていて、宇野千代さんは多くの作家と知り合うことになりました。
燕楽軒の場所やお店のようすは、こちらで読めます。
悠樂軒(ゆうらくけん)モデルは燕楽軒!西洋料理店は宇野千代が働いていた?
「何か書かせてみよう」と目をつけていた
給仕として燕楽軒にいた期間は、3週間にも満たない短いものでした。
ところが、1960年(昭和35年)に出た雑誌に、作家の室生犀星がこんな話を書いているそうです。
えんらく軒にいる藤村千代という娘は小説が書けるようだから、一度書かせてみたい――滝田樗陰がそう語っていた、というのです。
(「藤村千代」は、2番目の夫・藤村忠と結婚していたころの宇野千代さんの名前です)
宇野千代さん本人が、そのことに気づいていたかどうかはわかりません。
でも、新しい才能をさがすことにかけては右に出る者がいない名編集長が、給仕をしていたころから目をとめていたとしたら、すてきな話ですよね。
『墓を発く』を載せ、366円の原稿料
燕楽軒をやめてから数年後。
札幌でくらしていた宇野千代さんは、1921年(大正10年)に懸賞小説で一等に選ばれ、作家への一歩をふみだします。
次の作品『墓を発く(はかをあばく)』を書き上げると、「滝田樗陰に送れば、きっと載せてもらえる」と信じて、中央公論の編集部に送りました。
けれど、いくら待っても返事はきません。
1922年(大正11年)4月、宇野千代さんは直接たしかめようと、札幌から東京へ向かいます。
息を切らして編集部にかけこんだ宇野千代さん。
滝田樗陰は、山積みの雑誌から1冊をぬき取ると、
「もう載っていますよ。お金も持っていきますか」という意味のことを言って、雑誌を差し出したのです。
『墓を発く』は、すでに『中央公論』5月号に載っていました。
差し出された原稿料は、366円。
資料の本の計算では、いまの価値で250万円近く。びっくりするような金額です。
宇野千代さんが中央公論で作家として歩きだすまでのお話は、こちらの記事でくわしくまとめています。
首都公論のモデルは文芸雑誌「中央公論」!宇野千代と深いかかわり!
尾崎士郎を紹介したのも滝田樗陰
ふるさとの岩国に立ち寄ったあと、宇野千代さんは札幌へもどるとちゅう、お礼をかねてもう一度中央公論社をたずねます。
そこにちょうど居合わせたのが、作家の尾崎士郎でした。
滝田樗陰から尾崎士郎を紹介された宇野千代さんは、ひとめで恋に落ちます。
2人はやがていっしょにくらしはじめ、尾崎士郎は宇野千代さんの3人目の夫となります。
宇野千代さんの人生は、ここから大きく動きだしました。
燕楽軒での出会い、『墓を発く』の掲載、そして尾崎士郎との出会い。宇野千代さんの人生の大事な場面には、いつも滝田樗陰がいたんですね。
ブラッサムで黒崎大三郎のネタバレは?
ここからは、黒崎がかかわるこれからのあらすじのネタバレです。
先を知りたくない方は、ここで読むのをストップしてくださいね。
珠の小説を「稚拙。つまらん」と一刀両断
ウエイトレスの仕事のあいまに書きためた小説を、珠は勇気を出して黒崎に読んでもらうことにします。
黒崎は笑いながら受け取りますが、後日、返ってきた言葉はきびしいものでした。
「……稚拙。つまらん」
テーマに対して、書き手がどこに立っているのかが見えない。
どうせなら、もっと自分の腹の中を見せなさい。それができないなら、もうやめたほうがいい――。
落ちこむ珠を、悠樂軒に来ていた人気作家の秋山格之介(高良健吾)が元気づけてくれました。
ところが、そのころ首都公論の編集部では、黒崎が山中に、珠の原稿のことを話していました。
「稚拙とは言ったが、言いかえれば純粋」。読んでいると、ふいに心をえぐられる瞬間があって、ゾッとした――。
きびしい言葉の裏で、黒崎は珠の才能をしっかり感じとっていたのです。
珠をはげました秋山のモデルは、こちらで紹介しています。
秋山格之介のモデルは芥川龍之介【朝ドラ ブラッサム】
「小説は、もう書かんのか?」
やがて珠は保と恋人になり、1918年(大正7年)5月に妊娠がわかって、2人で札幌へ行くことが決まります。
悠樂軒をやめるとき、珠は黒崎たちにもあいさつをしました。
「小説は、もう書かんのか?」とたずねる黒崎に、珠は、おなかの子のことを先に考えたいと答えます。
黒崎は「そうか」とうなずき、「達者でな」と送り出しました。
『墓を発く』が首都公論に!原稿料は300円
札幌にうつった珠は、新聞の懸賞小説で一等に選ばれ、もう一度書くことに向き合いはじめます。
そして書き上げた『墓を発く』を、首都公論に送りました。
ところが、待っても返事はありません。
「黒崎さんが読んでくれたのか、どう思ったのか、直接聞きたい」。
珠は保にたのみこんで、東京へ向かいます。
じつは、その3か月前、首都公論の編集部では、『墓を発く』を読んだ山中と黒崎が、2人そろって珠の作品をほめちぎっていました。
珠が編集部をたずねると、作品はすでに首都公論の最新号に載っていました。
返事が届かなかったのは、若い編集部員の横田(大窪人衛)が、手間をおしんで送っていなかったからでした。
「気分はどうだ」
黒崎に声をかけられても、珠はぼうぜんとするばかり。
その場でわたされた原稿料は300円で、しかも首都公論の中ではいちばん安い金額だと聞いて、珠はさらにおどろきます。
史実の宇野千代さんが受け取った原稿料は366円。ドラマでは、少し金額を変えているんですね。
「いい顔だ。腹は決まったな」
黒崎はすぐに、次の作品の打ち合わせを始めようとします。
でも珠は、とまどって「1週間だけ待ってほしい、どうしても相談したい人がいる」とお願いしました。
ふるさとの岩国に帰り、家族と話して、自分の行く道を考えつづけた珠。
岩国を出る日、珠は父・清治の仏壇に手を合わせてから、東京へ向かいます。
ふたたび編集部にあらわれた珠を見て、黒崎は言いました。
「いい顔だ。腹は決まったな」
「こちらでまた書かせてください」と答えた珠は、1か月後のしめ切りまでに、短編を1本書き上げることになりました。
『巷の雑音』の掲載と、珠の特集の取りやめ
その後、珠は書き上げた『巷の雑音(ちまたのざつおん)』を首都公論に載せ、評判も上々でした。
さらに、珠の特集を組もうという話が出て、黒崎もこれに賛成します。
ところがそのあと、首都公論社に苦情が殺到してしまいます。
珠が謝りに行くと、特集は取りやめに。次の小説を載せるかどうかも、作品ができあがってから決めることになりました。
それでも珠は書くことをやめず、のちに「葉野珠」の名前で書いた『追憶の父』が、首都公論に載ることになります。
きびしい言葉で突き放しながらも、珠の才能を信じて道をひらいていく黒崎。
珠と黒崎の関係は、これからも見のがせません。
保と珠の夫婦のその後は、こちらにまとめています。
ブラッサム木村保(たもつ)のモデルは藤村忠!元夫の弟で驚きの結婚!?
黒崎大三郎役の遠藤憲一とは?
遠藤憲一のプロフィール
- 名前:遠藤憲一(えんどう・けんいち)
- 生年月日:1961年6月28日
- 出身地:東京都品川区
- 職業:俳優・声優・ナレーター・脚本家
- 愛称:エンケンさん
- 所属:エンズタワー
珠の作家人生を支える方々の、クランクインの様子をご紹介します🎬
遠藤憲一さん
井浦新さん
大窪人衛さん/
🗣#ブラッサム の放送は #9月28日スタート
\
番組情報はこちら👇https://t.co/H7OigQdUWD pic.twitter.com/8KuavhxgsR— 朝ドラ「ブラッサム」公式 (@asadora_bk_nhk) September 23, 2026
劇団の入団からVシネマの悪役へ
遠藤憲一さんは、高校をやめたあとアルバイトを転々としていたころ、劇団員募集の広告を見て、軽い気持ちで入団したのが俳優の道のはじまりでした。
その後、仲代達矢さんがひきいる劇団・無名塾の試験に合格しますが、わずか10日で離れてしまいます。
17年後、映画『金融腐蝕列島』で、10日間だけの師匠だった仲代達矢さんと共演をはたしました。
22歳のとき、1983年のNHKドラマ『壬生の恋歌』でデビュー。
刑事ドラマや時代劇で経験を積み、ビデオ映画の「Vシネマ」の時代には、鋭い目つきとこわもての顔を生かして、たくさんの悪役を演じました。
「こわもてなのに優しい」で大ブレイク
40代までは「悪役の人」というイメージが強かった遠藤憲一さん。
大きく変わったのは2009年です。
連続ドラマ『湯けむりスナイパー』で初主演をはたし、同じころに出演した『白い春』では、血のつながらない娘を大切に思う父親を演じて高い評価を受けました。
その後は、『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』の海老名敬のように、「こわもてなのに気が小さい」というギャップのある役でも人気を集めます。
2015年の『民王』では総理大臣役を演じ、ギャラクシー賞の個人賞などを受賞。
2017年には、CMに出ている会社の数のランキングで男性1位になるほどの人気者になりました。
ナレーションでも知られていて、映画『マトリックス』の日本の宣伝や、『IPPONグランプリ』の「イッポーン!」の声も遠藤憲一さんです。
朝ドラは『てっぱん』『わろてんか』に続く出演
遠藤憲一さんは、NHKの作品にもたくさん出演しています。
- 連続テレビ小説『てっぱん』(2010年)村上錠役
- 連続テレビ小説『わろてんか』(2017年)藤岡儀兵衛役
- 大河ドラマ『真田丸』(2016年)上杉景勝役
- 大河ドラマ『西郷どん』(2018年)勝海舟役
- 『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』(2023年)何森稔役
- 『テミスの不確かな法廷』(2026年)門倉茂役
『てっぱん』で演じたヒロインの育ての父親は、役柄の幅が広がるきっかけのひとつになったといわれています。
ドラマ10【#テミスの不確かな法廷】⚖️
第3話ご視聴ありがとうございました。
次回予告をどうぞ。・安堂の辞表
・門倉「司法をなめるなよ」来週も見逃せません。https://t.co/h0afNF0DGP#松山ケンイチ#遠藤憲一 pic.twitter.com/Z6BrQPOjbF
— NHKドラマ (@nhk_dramas) January 20, 2026
遠藤憲一さんが出演した『デフ・ヴォイス』の原作の結末は、こちらで読めます。
【デフヴォイス】原作ネタバレあらすじ結末!犯人が戦慄の過去の事件の真相
奥さんがマネージャー!おにぎりの投稿も人気
遠藤憲一さんは、1990年に元タレントの奥さんと結婚しています。
個人事務所をつくってからは、奥さんがマネージャーをつとめていて、「奥さんには頭が上がらない」と話しているそうです。
ご自身のXでは、晩ごはんや夜食の写真をよく投稿していて、ほっこりする投稿が人気です。
かが屋の加賀さんに写真を撮ってもらいました📷楽しかった!
SPUR 12月号(10/23発売)発売中 https://t.co/HXvRAeAzBg pic.twitter.com/UPcmr8YTIu
— 遠藤憲一公式 (@enken_enstower) October 27, 2026
こわもてと優しさの両方を持つ遠藤憲一さんだからこそ、きびしくも温かい名編集長・黒崎がぴったりですね。
まとめ
朝ドラ「ブラッサム」の『首都公論』編集長・黒崎大三郎のモデルは、『中央公論』の名物編集長・滝田樗陰だと考えられます。
- 滝田樗陰は、漱石から芥川までを『中央公論』に引き入れ、雑誌を大きくした名編集長
- 宇野千代さんが働いた燕楽軒の常連「金時さん」で、50銭のチップを置いていった
- 宇野千代さんの『墓を発く』を『中央公論』に載せ、尾崎士郎との出会いのきっかけもつくった
- ドラマの黒崎は、珠の小説を「稚拙」と言いながらも、その才能を認めて作家の道をひらいていく
- 演じる遠藤憲一さんは、こわもてと優しさをあわせ持つ人気俳優
黒崎の言葉が、これから珠をどう育てていくのか、楽しみですね!
悠樂軒で働く人たちのキャストは、こちらでチェックできます。
ブラッサム レストラン キャスト!ウエイトレス役の芸人や店長役など