朝ドラ「ブラッサム」第5週で、珠(石橋静河)がウエイトレスとして働きはじめる西洋レストラン「悠樂軒(ゆうらくけん)」。
悠樂軒のモデルは、珠のモデル・宇野千代(うの・ちよ)さんが、実際に働いていた本郷の西洋料理店「燕楽軒(えんらくけん)」だと考えられます。
今回は、ドラマの悠樂軒でこれから起こることのネタバレと、宇野千代さんが燕楽軒で働いていたころの史実、そして悠樂軒と燕楽軒の共通点をご紹介します。
悠樂軒のモデルは燕楽軒!宇野千代が働いていた西洋レストラン【ゆうらくけん】
珠が悠樂軒で働きはじめる
NHK朝ドラ「ブラッサム」10月27日第22回あらすじ 珠(石橋静河)、生活費を稼ぐために仕事探し 「悠樂軒」ウエートレスの求人見つける – サンスポ https://t.co/XQ56zfIZZ7 @SANSPOCOMより
#ブラッサム #朝ドラ #石橋静河
女優、石橋静河が主演するNHK連続テレビ小説「ブラッサム」(月~金曜前8・0=土曜は振り返り)。激動の明治・大正・昭和を駆け抜け自由を求め続けた作家、宇野千代をモデルとした物語。石橋演じる主人公・葉野珠が苦難の中でも「幸せのかけら」を見つけ、常に前に進むことで人々の背中を押し続けた生涯を描く。— サンスポ (@SANSPOCOM) October 25, 2026
第22回(10月27日放送)で、珠が「悠樂軒」の求人を見つけます。
珠(石橋静河)と保(金子大地)は下宿の大家に自分たちが兄妹ではないことを白状し、何とか同居を認めてもらうことに。しかし、保の父が入院し、仕送りが止まってしまう。どうにかして生活費を稼ぐために、珠は新しい仕事を探し始めるが、中々働ける場所は見つからない。そんな中、珠は新聞広告の片隅に西洋レストラン「悠樂軒」のウエイトレスの求人広告を見つける。さっそく、珠はそのお店に向かうが…。
引用元:番組表.Gガイド
保の実家からの仕送りが止まり、生活費をかせぐために、珠が見つけた仕事が悠樂軒(ゆうらくけん)のウエイトレスでした。
モデルは宇野千代(うの・ちよ)が働いた本郷の「燕楽軒」
珠のモデルは、作家の宇野千代さんです。
宇野千代さんも、東京に出てきたばかりのころ、本郷三丁目にあった西洋料理店「燕楽軒」で働いていました。
名前に「楽」の字と「軒」が入っていて、どちらも作家や編集者が集まる西洋料理の店。悠樂軒は、燕楽軒がもとになっているとみてよさそうです。
公式には、悠樂軒のモデルは発表されていません。
ですが、このあと紹介するように、お店の様子やお客さんまで、史実の燕楽軒とそっくりなんです。
宇野千代さんと芥川龍之介の出会いについては、こちらの記事でくわしくご紹介しています。
宇野千代と芥川龍之介の接点や関係は燕楽軒?
悠樂軒とは?朝ドラ「ブラッサム」のネタバレ
ここからは、今後のあらすじのネタバレです。
店長の熊田と、3人の先輩ウエイトレス
悠樂軒は、西洋風の華やかなお店です。
店長の熊田は、面接に来た珠をその場で採用します。
制服の着物に白いエプロンをつけた珠を見て、熊田は「実にいい!」と大よろこび。
こうして珠は、朝10時から夜8時まで、悠樂軒で働くことになりました。
店長の熊田を演じるのは、お笑いコンビ・トレンディエンジェルの斎藤司さんです。
🌸「悠樂軒」店長
熊田/ #斎藤司(トレンディエンジェル)珠が東京で働くことになる西洋レストラン「悠樂軒(ゆうらくけん)」の店長。
/
🗣#ブラッサム の放送は #9月28日スタート
\ pic.twitter.com/UXFkVdTa4A— 朝ドラ「ブラッサム」公式 (@asadora_bk_nhk) August 24, 2026
お店には、先輩のウエイトレスが3人います。
- 松子(瀬戸さおり):ウエイトレスの中で一番のベテラン。仕事にきびしい
- スギ(愛/ヨネダ2000):ヨネと仲良し
- ヨネ(誠/ヨネダ2000):スギと仲良し
スギとヨネを演じるのは、お笑いコンビのヨネダ2000のお2人です。
🌸「悠樂軒」ウエイトレス
松子/ #瀬戸さおり「悠樂軒」で働く女給。
ウエイトレスの中では一番のベテラン。/
🗣#ブラッサム の放送は #9月28日スタート
\ pic.twitter.com/pKC9vUFSYo— 朝ドラ「ブラッサム」公式 (@asadora_bk_nhk) August 24, 2026
🌸「悠樂軒」ウエイトレス
スギ/愛(#ヨネダ2000)「悠樂軒」で働く女給。
ヨネと仲良し。/
🗣#ブラッサム の放送は #9月28日スタート
\ pic.twitter.com/hbsED8YcxG— 朝ドラ「ブラッサム」公式 (@asadora_bk_nhk) August 24, 2026
『首都公論』の黒崎たちが通う店
悠樂軒には、ハイカラなお客さんが次々にやってきます。
その中にいるのが、いま一番売れている文芸雑誌『首都公論』の編集長・黒崎大三郎(遠藤憲一)と、副編集長の山中勇三(井浦新)です。
日本中の作家が、自分の原稿を載せてもらおうと、黒崎に会いに悠樂軒へやってきます。
黒崎たちはとても気前がよく、珠に50銭のチップを置いて帰っていきます。
この「50銭のチップ」は、あとで紹介する史実とつながる大事なポイントです。
🌸「首都公論」編集長
黒崎大三郎/ #遠藤憲一日本屈指の文芸雑誌「首都公論」を率いる編集長。
豪胆な性格と鋭い審美眼で文壇を牽引(けんいん)する存在。/
🗣#ブラッサム の放送は #9月28日スタート
\ pic.twitter.com/AbHA5GdKGR— 朝ドラ「ブラッサム」公式 (@asadora_bk_nhk) August 25, 2026
悠樂軒で出会う人たち
悠樂軒は、珠にとって、文学の世界への入り口になっていきます。
- 人気作家の秋山格之介(高良健吾):お店で洋書を読みふけっているところを、松子から「作家の秋山」だと教えられる
- 作家志望の青年・左良太(北野秀気):黒崎たちの会話をこっそり聞いて、文壇の情報を集めている。3年前に大阪から出てきた青年
珠は、書き上げた小説を黒崎に読んでもらいますが、「稚拙。つまらん」と言われてしまいます。
落ちこむ珠をはげましたのが、悠樂軒に来ていた秋山でした。
秋山格之介のモデルについては、こちらの記事でご紹介しています。
秋山格之介のモデルは芥川龍之介【朝ドラ ブラッサム】
珠が悠樂軒をやめる日
1918年(大正7年)5月、珠は保の子をみごもっていることがわかります。
保の卒業後は北海道で暮らすことが決まり、珠は悠樂軒の人たちに、保と結婚して北海道へうつることを伝えます。
黒崎たちにもあいさつをすると、「小説は、もう書かんのか?」と聞かれます。
珠は、まずはおなかの子のことに集中したいと答えました。
お店を出たところで会ったのが、左です。
左は、珠に見せようと持ってきた自分の第一作を、そっと引っこめます。
そして「お互い書き続けていたら、また会えるはず」と、再会を約束するのでした。
保が北海道で働くことになったいきさつは、こちらの記事でくわしくご紹介しています。
ブラッサム木村保(たもつ)のモデルは藤村忠!元夫の弟で驚きの結婚!?
燕楽軒とは?宇野千代が働いていた史実
ここからは、史実の宇野千代さんと燕楽軒のお話です。
本郷三丁目の角にあった本格的な西洋料理店
燕楽軒は、本郷三丁目の交差点から本郷通りを北へ100メートルほど行った、菊坂との角にあったお店です。
3階建ての大きな洋館で、とても目立つ建物だったそうです。
今はお店は残っていませんが、お店の目の前には「本郷薬師」という小さなお堂があったそうです。
本郷薬師は今もあるので、地図で場所をたしかめてみてくださいね。
燕楽軒は、この本郷薬師のすぐ前、本郷通りと菊坂がぶつかる角にありました(正確な番地はわかっていません)。
お店を開いたのは、「築地精養軒」で料理長をしていた西尾益吉さん。
本格的な西洋料理を出すお店として、文化人やお金持ちの人たちに人気がありました。
そして、燕楽軒のお向かいには、出版社の中央公論社がありました。
ここが、ドラマの『首都公論』の編集部とつながってきます。
宇野千代は「給仕女」として18日間だけ働いた
1917年(大正6年)、20歳の宇野千代さんは、本郷のある東京へ出てきました。
東京での暮らしは、それまで住んでいた京都よりもお金がかかり、宇野千代さんは家庭教師や雑誌の写真のモデル、ホテルや料理屋の給仕など、いろいろな仕事をしていました。
そのひとつが、燕楽軒の「給仕女」の仕事です。
当時の「女給」はお客さんにビールをついだりもしましたが、「給仕女」は料理を運ぶのが仕事で、少しちがったそうです。
宇野千代さんが燕楽軒で働いたのは、たった18日間でした。
それでもこの18日間が、のちの作家・宇野千代の人生を大きく動かすことになります。
常連客「金時さん」の正体は名編集長・瀧田樗陰
燕楽軒には、「金時さん」とよばれていた、まるまると太った常連のお客さんがいました。
金時さんは、いつも宇野千代さんの受け持ちの席にすわり、あっという間に食事を終えて、ビールを1杯飲みほします。
そして帰りぎわに、食事代とは別に、50銭の銀貨をチップとして置いていったそうです。
当時の50銭は、今のお金にすると5千円ほど。
とても気前のいいお客さんですね。
この金時さんこそ、向かいの中央公論社で雑誌『中央公論』の編集長をつとめていた、瀧田樗陰(たきた・ちょいん)でした。
瀧田樗陰は、『中央公論』に毎号のように文学作品を載せて、雑誌の売り上げを大きくのばした名物編集長です。
当時の作家にとって、『中央公論』に作品が載るのはあこがれでした。
ドラマで黒崎が珠に50銭のチップを置いていくのは、この瀧田樗陰のエピソードがもとになっていると思われます。
チップがたまったら、あっさりやめた
宇野千代さんは、なかなかしっかりした人でした。
50銭玉がたまって、質屋にあずけていた物を買いもどせるようになると、さっさと燕楽軒をやめてしまったそうです。
でも、燕楽軒での出会いは、お金にはかえられないものでした。
瀧田樗陰は、燕楽軒に作家たちを連れてきていて、宇野千代さんは「美人の給仕さん」としてすぐに評判になります。
作家の久米正雄が、ほかの作家に「あの娘を落とせたらおごる」と言った、という話も残っています。
また、当時まだ学生だった今東光(こん・とうこう)は、宇野千代さんにひとめぼれして、毎日のように燕楽軒に通ったそうです。
燕楽軒で宇野千代さんが知り合った作家たちについては、こちらの記事でまとめています。
宇野千代と芥川龍之介の接点や関係は燕楽軒?
燕楽軒の出会いが作家デビューにつながった
燕楽軒で知り合った瀧田樗陰との縁は、のちに宇野千代さんが作家になったときにも生きてきます。
1921年(大正10年)に懸賞小説で一等に選ばれた宇野千代さんは、次の作品を瀧田樗陰に送ります。
その作品は『中央公論』に載り、宇野千代さんは作家として歩きはじめることになりました。
ドラマの珠も、黒崎に小説を酷評されてしまいますが、この先、『首都公論』とどうかかわっていくのか気になりますね。
悠樂軒と燕楽軒の共通点と違い
共通点
ドラマの悠樂軒と、史実の燕楽軒をくらべてみると、こんなに共通点があります。
- 珠が働く西洋レストラン「悠樂軒」 → 宇野千代さんが働いた西洋料理店「燕楽軒」
- 悠樂軒に通う『首都公論』の編集長・黒崎 → 燕楽軒に通った『中央公論』の編集長・瀧田樗陰
- 黒崎が珠に置いていく50銭のチップ → 瀧田樗陰が宇野千代さんに置いていった50銭の銀貨
- 悠樂軒で出会う人気作家の秋山(モデルは芥川龍之介) → 燕楽軒で出会った芥川龍之介
- 悠樂軒をやめて北海道へ → 宇野千代さんも、夫と北海道の札幌へうつった
違い
一番大きな違いは、働いた期間です。
史実の宇野千代さんは18日間でやめていますが、ドラマの珠は、1917年(大正6年)10月から、北海道へうつる1918年(大正7年)まで、悠樂軒で働きつづけます。
ドラマでは、悠樂軒を、珠が作家や編集者と出会い、自分も小説を書きはじめる大切な場所として、じっくり描いているようです。
宇野千代さんの最初の夫で、保のモデルの藤村忠さんとの史実は、こちらでまとめています。
宇野千代 2番目の夫は誰?藤村忠との史実まとめ
まとめ
朝ドラ「ブラッサム」で珠が働く西洋レストラン「悠樂軒」のモデルは、宇野千代さんが働いた本郷の「燕楽軒」だと考えられます。
- 燕楽軒は、本郷三丁目にあった本格的な西洋料理店で、向かいには中央公論社があった
- 宇野千代さんが燕楽軒で働いたのは、たった18日間
- 常連の「金時さん」こと瀧田樗陰は、いつも50銭のチップを置いていった
- ドラマでも、『首都公論』の編集長・黒崎が珠に50銭のチップを置いていく
- ドラマの珠は、北海道へうつるまで悠樂軒で働き、秋山や左良太と出会う
史実を知ってから見ると、悠樂軒の場面がもっと楽しめそうですね!
小山牛丸のモデルについては、こちらの記事でご紹介しています。
小山牛丸のモデルはイワンのバカ 翻訳者の内田魯庵?【ブラッサム】