NHK連続テレビ小説「なつぞら」でヒロインなつ(広瀬すず)にアニメーションの魅力を教えたのは、なつの十勝の友人である天陽(吉沢亮)の兄、陽平(犬飼貴丈)でした。
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東京でなつが陽平に案内された場所は、漫画映画を制作している「新東京動画」。
「新東京動画」はのちに買収され「東洋動画」になりますが、この「東洋動画」のモデルが「東映動画」だといわれています。
そこで今回は「東洋動画」についてまとめてみました(^^)
ドラマでこれからなつが活躍することになる東洋動画、さてどのような会社だったのでしょうか?
なつぞらの東洋動画ってなに?
なつ(広瀬すず)が東京で陽平(犬飼貴丈)に案内されたのは、漫画動画(アニメーション)を制作している「新東京動画」という会社でした。
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でもその後、新東京動画は買収され「東洋動画」という会社になりました。
東洋動画の親会社は「東洋映画」で、社長は大杉満(角野卓造)。
大杉社長がこれからの日本のアニメーションというものを見据えて作った会社です。
この東洋動画のリーダー的存在なのが仲努(井浦新)、なつに薪割りのシーンを描かせてテストをした人物で、なつの素質を見抜いていたようですね。
そのテストで合格して警察官から転職してきたという異色のアニメーター、下山克己(川島明)や、美人アニメーターのマコ(貫地谷しほり)など、個性的な職人たちが在籍しています。
この東洋動画でなつはアニメーターとして働くことになりますが、さてこの東洋動画のモデルとされる東映動画とはどんな会社だったのでしょうか?
東洋動画のモデルは東映動画なの?
東洋動画のモデルが東映動画とされるのは名前が似ているから(笑)いえ、それだけではありません。
ドラマの東洋動画は新東京動画が買収されてできた会社ですが、東映動画も「日動映画」が買収されてできた会社なのです。
買収っていうと、日本動画が泣く泣く買収されたっていうようなイメージを持ちそうですが、実際にはこうだったようです。
買収してください!
というのも、もともと日動映画の前身である「日本動画」は高校の空き教室で制作していたのですが、日動映画へと名前を変え、当時従業員も25人くらいしかいなかったため、東映に協力してもらえないか?と持ち掛けたのが始まりでした。
そのときの東映の社長が大川博さん、角野卓造さん演じる大杉満のモデルですが、日本のアニメーションの将来性を見据え、この買収にOKを出しました。
東洋のウォルト・ディズニーになりましょう
こんな誘い文句が功を奏したのかもしれません。
東映動画発足時の社員は35名で、ほとんどが日動映画から移ってきたそうです。
大川社長にしてみれば、日本で数少ない漫画動画にかかわったスタッフをそのまま使うことでノウハウを生かせると思ったのでしょう。
そして1956年に新スタジオが完成、ここから日本アニメーションの本格的な幕開けとなったのです。
この東映動画は現在東映アニメーションとして存続しています。
テレビアニメでは2018年には「おしりたんてい」「ゲゲゲの鬼太郎第6作」「爆釣バーハンター」「聖闘士星矢セインティア翔」などを制作しています。
劇場アニメでは2018年に「マジンガーZ」を。2020年には「デジモンアドベンチャー」「魔女見習いをさがして」を制作。
他にもコンピュータゲームやCM、さらにはミュージカルなどの制作にも携わっています。
そしてドラマでなつのモデルとされる奥山玲子さんが制作に関わった作品がこちらです。
■白蛇伝(1958) 動画
■少年猿飛佐助(1959) 動画
■西遊記(1960) 動画
■安寿と厨子王丸(1961) 動画
■アラビアンナイト シンドバッドの冒険(1962) 原画
■わんぱく王子の大蛇退治(1963) 原画
夜のオス国パートの原画・デザイン■わんわん忠臣蔵(1963) 原画
■ハッスルパンチ(1965-1966) 作画
■太陽の王子ホルスの大冒険(1968) 原画
マウニと子供達(叶精二氏のツイートより)■長靴をはいた猫 (劇場/1969) 原画
ピエール家での殺し屋3匹とペロの乱闘、ダニエルとレーモンが金貨を分けるカット、城下の群集、魔王ルシファの登場~退場
(「日本のアニメーションを築いた人々」より)■空飛ぶゆうれい船(劇場/1969) 原画
ラストシーンの波■海底3万マイル(1970) 作画監督
■ひみつのアッコちゃん(1969-1971) 作画監督 44話 61話
■どうぶつ宝島(劇場/1971) 原画
冒頭のベンボー亭、黒装束の豚たちの襲撃前後(「日本のアニメーションを築いた人々」より)■アリハバと40匹の盗賊(劇場/1971) 原画
■さるとびエッちゃん(1971-1972) 作画
■マジンガーZ(1972-1974) 作画監督 69話 原画 75話
■ながぐつ三銃士(1972) 原画
■魔犬ライナー0011変身せよ(1972) 原画
■ミクロイドS(1973) 作画監督
■マジンガーZ対デビルマン(1973) 原画
■ミラクル少女リミットちゃん(1973-1974) 作画監督 3話
■きかんしゃやえもん D51の大冒険(1974) 原画
■マジンガーZ対暗黒大将軍(1974) 原画
■アンデルセン童話 にんぎょ姫(1975) 作画監督
■宇宙円盤大戦争(1975) 原画
■ゲッターロボG(1975-1976) 作画 31話 37話
■長靴をはいた猫 80日間世界一周(1976) 原画
引用元 https://www18.atwiki.jp/sakuga/pages/447.html
ご存じない作品が多いと思いますが、いかがでしょうか。わたしは結構知ってますが(笑)
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確か倉田先生(柄本佑)脚本でなつたちが演じたのは「白蛇伝説」でしたよね?
これって・・・やっぱりモデルにしてる???
ドラマでなつが演じた白蛇伝説は東映動画の作品と白蛇姫がモデル?
1958年に東映動画が制作したは、日本初の長編カラーアニメーションなんです♪
[amazonjs asin=”B00BPGPRLU” locale=”JP” title=”白蛇伝 DVD”]」この物語は中国の昔話「白蛇伝」を題材にしたもので、早い話ラブストーリーです(^^)
まだ日本では長編のアニメーションが確立されていない頃、スタジオ設立やスタッフの育成など数年かけて作られました。
この「白蛇伝」に心を奪われたのが、かの宮崎駿さん。
その後宮崎駿さんも東映動画に入社することになります。
ちょっと話がそれましたが(^_^;)この映画「白蛇伝」はこんなあらすじです。
湖畔に住む優しい少年、許仙は小さな白蛇を飼っていましたが、大人たちに叱られ泣く泣く捨てることになりました。
10年以上の時が経ち、その白蛇はなんと美少女、白娘へと変身するのです!
その後ふたりは再会し恋に落ちますが、許仙は無実の罪で追放され、白娘はそのあとを追いました。
ところが白娘が白蛇が変身した妖怪だと悟った法海という和尚が、許仙を白蛇の妖怪から救うべく白娘を成敗し、白娘は逃げ出します。
その白娘を追いかけた許仙は、なんと崖から落ちて亡くなってしまいます(T_T)白娘は自分が妖術を使えなくなることと引き換えに、許仙を生き返らせて欲しいと竜王に頼み、命の花を授けられ許仙のもとに向かいますが、またまた法海に追い返されてしまいました・・・。
許仙がいる島になんとか命の花は届けられ無事息を吹き返しますが、白娘は船で許仙のもとへ向かう途中、嵐によっておぼれてしまいます。
それに気づいた許仙は海に飛び込み、白娘を助けることができました。
その様子をみていた法海は白娘が人間に生まれ変わり、ふたりの愛も本物だと気づき、船で二人を迎えに行き、そしてふたりは幸せの国へと旅立っていくのでした。
めでたしめでたし。
というおはなしです。
そして十勝の鹿追町という町に伝承されているのが「白蛇姫物語」というおはなし。
その昔鹿追町にはアイヌの人たちが住んでいて、畑を耕したり動物を捕まえたりして豊かに暮らしていました。
ところがある年大寒波が訪れ、春になっても寒いままで緑も茂ってきません。
夏になっても同じでだんだん部落には食料がなくなり、動物たちも他の地域へ行ってしまいました。
困り果てたアイヌの人たちは、神にお祈りすることにし、祭壇を作って残り少ない食料を少しずつお供えしていました。
7日経ったある日女神が現れ、誰かと争うこともせずひたすら神に祈るその心を認めましょう、と言い白蛇を使いに出すのでその後をついてゆくがいい、と言いました。
翌日白蛇が現れ、若者10名が選ばれ部落のみんなを助けるために白蛇の後を追うことにしたのです。
白蛇の後を追い山を登ることおよそ3時間、山頂の向こうには湖があり白蛇はその湖の方へ向かっていきます。
遅れては大変、とみんなも白蛇の後をついていき、湖畔にたどり着いてみたものは、たくさんの魚とザリガニ!
夢中で魚を獲っているうちにすっかり辺りは暗くなり、そこで焚火をたき魚を焼いて食べ、一晩過ごしました。
そして深夜・・・女神と白蛇が空に現れ、このように告げました。
その魚はオショロコマといい、この湖にしか住まない。凶作のときのみ食するがいい。いたずらに魚を獲るのは自然の恵みに反し、人の心を失うことになる。
翌日部落へと戻り、その年は苦しい飢えからみんな救われました。
めでたしめでたし。
なんですが、このお話には余談があり、その後やってきた和人たちによりオショロコマが乱獲され絶滅の危機に扮した、というもの。
これは1960年代に作られたもので、オショロコマの乱獲をやめさせよう、という趣旨のもとに作られたとか。古くから言い伝えられているお話ということではありません。
そしてドラマでなつたちが演じた「白蛇伝説」はこのふたつのお話がミックスされたようなストーリー。
みなさんどんなお話だったか覚えてますか?
第4週「なつよ、女優になれ」
あらすじやみどころを、放送前にチェックしてみて下さい!#朝ドラ #なつぞらhttps://t.co/C6LIbmHaXF— 【公式】連続テレビ小説「なつぞら」 (@asadora_nhk) 2019年4月21日
青年のポポロはある日、子供たちに捕まえられようとしていた白蛇を助けて逃してあげました。
すると川からオショロコマが跳ねてきて、そのオショロコマを子供たちにあげると喜びました。
その後村では原因不明の眠り病がおこり、鮭の皮を煎じて飲めば治ることはわかりましたが、鮭は敵対する向こう側の村でしか捕れません。
そのため村長は娘のペチカを嫁がせ、鮭を手に入れようと考えました。
ポポロとペチカは相思相愛の仲、ポポロは結婚に反対しますが、ペチカは村人たちのために結婚を受け入れる覚悟です。
苦悩するポポロの前に、以前助けた白蛇が現れ望みを叶えると言いました。
そのときのポポロの願いは「ペチカを結婚させたくない」というもの。
白蛇はその願いを叶えようと去っていきました。
するとペチカが眠り病になってしまい、結婚は破談となりましたが鮭も手に入らずたくさんの人が眠ったままの状態に。
どうしてみんなを助けるという願いにしなかったのか・・・苦悩するポポロの前にまた白蛇が現れ、こんな謝罪をします。
あなたに恋をして、ペチカを諦めさせようと眠らせてしまいました。
あらら・・・(^_^;)
そして白蛇は自分の皮を煎じて飲ませれば病気は治る、川ではオショロコマが捕れるので敵対する村と分け合い、仲良く暮らすように、といい自分を差し出しました。
これが白蛇伝説のあらすじです。
このドラマの演劇でやったお話は、ふたつを合わせたようなお話だと思いませんか?
さて、この長編アニメ「白蛇伝」を制作した東映動画、その後はメインとなるスタッフたちが次々と辞めていってしまうんです(T_T)
東映動画はその後どうなる?東映アニメーションになった?
「なつぞら」のヒロインなつのモデルとされる女性アニメーターの第一人者、奥山玲子さんを始めご主人の小田部羊一さん、宮崎駿さん、高畑勲さんなどそうそうたるスタッフが揃っていた東映動画。
事態が大きく動いたのは「日本のウォルト・ディズニー」を目指していた東映の大川社長が亡くなってから。
1971年に大川社長が亡くなり、次の岡田茂社長は赤字が膨らむ東映動画にメスを入れます。
実際に制作費が膨大になりすぎて、赤字になっていたようです(^_^;)
リストラや制作数のカットなどをしますが、これに労組が反発し5か月間の間になんと100人以上ものスタッフが退職するという事態に。
宮崎駿さんや高畑勲さん、それにご主人の小田部羊一さんまで退社してしまった奥山玲子さんは、辞めるに辞めれない状況になってしまったそうです。
その後東映動画はコストの高い長編アニメを縮小し、テレビアニメを中心に制作するようになりました。
スタジオジブリの作品のようなクォリティの高い長編アニメを制作するって、ものすごいお金がかかるんでしょうね(^_^;)
宮崎駿さんもそう仰っていたと記憶しています。
そして1998年に東映動画は「東映アニメーション」と名前を変え、現在も漫画動画の制作を続けています。
まとめ
朝ドラ「なつぞら」でヒロインなつが最初に訪れた漫画映画のスタジオが「新東京動画」というところで、そこが買収され「東洋動画」になります。
東洋動画のモデルとされる東映動画も「日動映画」を買収してできた会社。
当時としてはほとんどなかったという漫画映画を作っていた会社で、のちの宮崎駿さんや高畑勲さんといったクリエーターたちを輩出したところです。
これからドラマはその「東洋動画」が舞台となり、ヒロインのなつもアニメーターとして活躍します!
当時の制作現場の裏側がどのようなものだったのか、これからドラマで再現されるのが楽しみですね♪