源実朝と公暁の関係とは?衝撃の暗殺や死因についても

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人(かまくらどののじゅうさんにん)」は、三谷幸喜さんが描く北条義時(ほうじょうよしとき)を主人公にした予測不能の歴史エンターテイメントです!

初代鎌倉幕府将軍・源頼朝(みなもとのよりとも)が落馬により死に、2代将軍・頼家(よりいえ)は伊豆修善寺で暗殺。

そして第3代将軍となるのが、頼家の弟の源実朝(みなもとのさねとも)です。

実は実朝ものちに暗殺されることになるのですが・・・そこに大きく関わってくる人物が公暁(こうぎょう)です。

源実朝と公暁の関係とは?気になっている視聴者の皆さんも多いと思います。

今回は「鎌倉殿の13人」の源実朝と公暁の関係、さらに衝撃の暗殺や死因についてもご紹介します。

目次

源実朝と公暁の関係は叔父と甥!

源頼家の死因は衝撃の暗殺?最期は幽閉後はどうなる?

まずは気になる源実朝と公暁の関係について紹介します。

二人の関係性は、叔父と甥です。

後に二人は猶子(ゆうし)という親子関係にもなっているので、義理の父と息子と言ってもよいと思います。

「鎌倉殿の13人」で初代将軍だったのが大泉洋さん演じる源頼朝です。

その長男が源頼家で金子大地さんが演じていましたね。

そしてその弟が源実朝にあたります。幼いころは千幡と呼ばれていました。

さらに頼家には一幡と善哉という息子が二人おり、一幡は北条によって殺されてしまいますが、善哉は生き残ります。

その善哉が成長したのが公暁というわけです。

以降で、実朝と公暁についてより詳しくご紹介していきます!

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源実朝は幼いころの名前は千幡で、北条氏がその後見役を担っていました。

二代将軍は兄・頼家が継いだため、千幡が将軍になる可能性は低かったのですが、突如頼家が病に冒されてしまい、その息子たちも幼いために三代将軍候補に浮上します。

そして無事に千幡が将軍になることが決まったとき、なんと頼家は息を吹き返したのです(^^;

その後母・政子(小池栄子)が最終的に、頼家を修善寺に追いやってことを収めましたが、その頼家も暗殺されてこの世を去ってしまいます。

成長した千幡は源実朝と名を改めて三代将軍になりました。

演じるのは柿澤勇人さんです。9月4日放送の第34回から大人になった実朝が登場するみたいですね。

実朝は和歌や蹴鞠ばかりで、武芸はおろそかと批判的な声も多いようですが、仏教への関心高く民への慈悲深さを持っていたと評価する意見もあります。

父・頼朝があまりにも偉大な人物なので、その子供たちの評価はやっぱり下がってしまうのはやむを得ないかと思います。

歌人としても知られて「金槐和歌集」を編纂したことでも有名な人物ですね。

そんな源実朝には、京の後鳥羽上皇(尾上松也)の息のかかった教育係的存在がいました。

既に登場している生田斗真さん演じる源仲章(みなもとのなかあきら)です。

後に実朝は、この源仲章とともに悲劇の運命を迎えることになります。

源実朝と公暁の関係とは?公暁は僧になって鎌倉に戻り叔父を暗殺?

続いて実朝の甥にあたる公暁について紹介します。

公暁の読み方は「こうぎょう」です。

私、昔歴史の授業で「くぎょう」と習った気がしますが、今は「こうぎょう」と読むのが通説なんだそうです。

幼いころの名前は善哉で、頼家の正室・つつじ(北香那)との間に誕生しました。

頼家が幽閉されたのちは、三浦義村(山本耕史)の庇護のもと、とある寺で母と暮らしていたのですが・・・

第32回で突如、比企尼(草笛光子)に恐ろしいことを吹き込まれました!

「善哉様でございますね。あなたこそが次の鎌倉殿になるべきお方。北条を許してはなりませぬ!」

比企尼の最後や死因とは?その後のネタバレや史実も

おそらくこれは史実ではないと思いますが(;^_^A

三谷幸喜さんの脚本のすごさを感じました。

まさか北条に家を滅ぼされた比企尼が、善哉に時期将軍を目指すよう焚きつけるとは・・・

そして史実の善哉は、祖母にあたる政子の計らいで鶴岡八幡宮の別当に弟子入りします。

さらに叔父である実朝の猶子にもなり、のちに京都に行き名を公暁に改めて僧としての道を歩んでいくのです。

そんな中、公暁は鶴岡八幡宮の別当を継ぐために鎌倉に呼び戻されました。

それは政子の、のちに実朝を支えて欲しいという気持ちもあったのだと思います。

しかし、その意向とは裏腹に公暁は実朝を暗殺してしまうのです(・_・;)

以降で史実の実朝暗殺について詳しくご紹介していきます!

源実朝と公暁の関係とは?衝撃の暗殺や死因についても

1219年1月27日、その日は鎌倉に大雪が降っていました。

実朝は右大臣参賀のために鶴岡八幡宮に共を連れて向かっていました。

参拝を終えて石段を下りていたそのとき、そこに公暁が現れます。

「親の仇はこのように討つのだ」

そう言って実朝を切り付けて、首を落としてしまったのです!

一緒にいた源仲章も公暁の配下に切り殺されてしまいました。

一説には、公暁は北条義時を殺そうと思っており、仲章は間違って殺されたともいわれています。

本当はその列に並んでいたのは義時で、直前に具合が悪くなって仲章に交代してもらったとか。

その後、実朝の首を抱えて逃げた公暁は、乳母夫であった三浦義村の館に向かう途中に追っ手に遭遇。

館にたどり着いたところで、三浦の手の者に打ち取られたと言われています。

実朝は享年28歳、公暁は20歳という若い最期でした。

公暁は父・頼家にとって代わり将軍となった実朝を恨んで殺害したようです。

さらにそこに大きくかかわっていた北条義時も恨んでいたのだと思います。

しかし、義時は殺せずに源仲章を殺害してしまったというのが史実。

このあたりの解釈には諸説あるみたいですが(^^;

ちなみに「鎌倉殿の13人」で公暁を演じるのは寛一郎さん。

俳優の佐藤浩市さんの息子さんで、多くの作品にメインキャストとして出演する活躍を見せている若手注目の俳優さんです。

お父さんの佐藤浩市さんが上総広常役で大活躍してくれたので、寛一郎さんの演技にも今から期待が高まりますよね!

 

源実朝と公暁の関係とはまとめ

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今回は「鎌倉殿の13人」の源実朝と公暁の関係と、暗殺の史実について紹介しました。

実朝と公暁の関係は叔父と甥です。

公暁は叔父にあたる実朝を父の仇と恨み、鶴岡八幡宮の石段で殺害することになるのです!

そこで一緒に殺害されたのは源仲章で、本当は北条義時の命を狙っていたとも言われています。

「鎌倉殿の13人」でこの悲劇的事件が描かれるのはもう少し先になるとは思いますが、承久の乱のラストのことを考えると、おそらく11月初旬ころかもしれません。

毎週のように誰かが死んでいく「鎌倉殿の13人」ですが、今後も実朝や公暁など主要キャラがどんどん死んでいくことになると思います( ;∀;)

そんな中でも笑えるエピソードを挟んでくれる、三谷幸喜さんの脚本を楽しんでいきたいですね!

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